桷(ずみ)はバラ科リンゴ属の落葉小高木。北海道から九州の山地に自生し、リンゴの台木にも使われる。5、6月頃、枝いっぱいに白い小さな5弁の花を咲かせる。「小梨の花」ともいう。
掲句は山国に咲く桷の花を詠む。雑木が若葉を広げ山々が瑞々しい緑に覆われる頃、桷は薄紅の可憐な花を咲かせる。山国では当然のことながら、太陽は山から出て山に沈むのだが、そのことを作者は「日を生むも日を鎖(さ)すも山」と、山を中心に描き出した。山国人らしい味わいのある一句。なお、作者は山梨県北杜市在住。『俳句』2026年9月号。
桷(ずみ)はバラ科リンゴ属の落葉小高木。北海道から九州の山地に自生し、リンゴの台木にも使われる。5、6月頃、枝いっぱいに白い小さな5弁の花を咲かせる。「小梨の花」ともいう。
掲句は山国に咲く桷の花を詠む。雑木が若葉を広げ山々が瑞々しい緑に覆われる頃、桷は薄紅の可憐な花を咲かせる。山国では当然のことながら、太陽は山から出て山に沈むのだが、そのことを作者は「日を生むも日を鎖(さ)すも山」と、山を中心に描き出した。山国人らしい味わいのある一句。なお、作者は山梨県北杜市在住。『俳句』2026年9月号。
「噴水」は、公園などで、機械的な仕掛けにより水を噴き上げ、水の描くさまざまな形を楽しむ。噴き上がる水や飛び散るしぶきが、見る人に涼感を与えることから夏の季語。
掲句は、噴水のしぶきを浴びて湿った髪のまま帰宅したという。髪が湿ったところに、勢いよく噴き出す噴水のほとりで過ごした時の経過が思われる。独りで佇んでいたのか、誰かと待ち合わせていたのかなど、読者は自由に想像することになる。都会生活の味わいのある作品。『俳句』2026年9月号。
「プール」は水泳のために、人工的に水を溜めた場所や設備のこと。現代では室内プールで一年中泳げるが、季語としての本意は夏の戸外(屋外)の青空の下にあるプールにある。
掲句は、夜間のプールでの作品。〈大の字に寝て涼しさよ淋しさよ 一茶〉は故郷の屋敷の畳の上で大の字になっているのだが、この句は夜のプールに身体を浮かべているところを詠んだ。泳ぐ人も少ない夜のプールに大の字になって浮かぶのは、昼の暑さや社会的な様々な顧慮・束縛から解放される瞬間だろう。目を中天に上げると涼しそうな月。夏の屋外ブールだからこそ味わえる都会生活の醍醐味。『俳句』2026年9月号。
「狗尾草(えのころぐさ)」はイネ科エノコログサ属の一年草で、一般的には「猫じゃらし」の名で親しまれている雑草。花穂を猫の前に差し出すと、猫が喜んで戯(じゃ)れることからついた俗称である。夏から秋にかけて、茎の先端に円柱形の緑色の穂(花序)をつける。
掲句は、身辺のどこにでも生えるありふれた雑草「ねこじやらし」を、「そこらじゆう」のリフレインにより描き出した作品。短詩型の限界を逆手にとって、一切の描写を省き、「ねこじやらし」とそれを揺らしている風だけに焦点を絞ったところがいい。「そこらじゆう」との大掴みな日常語が、「ねこじやらし」の本意に適っている。『俳句』2026年9月号。
「蟇(ひきがえる)」は両生類カエル目ヒキガエル科のカエル。「ガマ」「ガマカエル」「イボガエル」とも呼ばれる。春先の繁殖期には水辺にいるが、その後は森や草むら、民家の庭などの陸上で暮らす。夜行性で、蒸し暑い夏の夜になると、餌を求めて庭先などに姿を現す。
掲句は、蟇が身辺に現れる頃の、じっとりと汗ばむような夕暮を描く。「みつみつと」との擬態語が、夕暮どきの夏の庭先などを想像させて効果的だ。そろそろ夜行性の蟇が活動を始める時分である。鈍重でむさくるしい姿の蟇は、こんな汗ばむような夕暮に相応しい。なお、「蜜蜜(みつみつ)」は、辞書によれば、「仏教由来の表現で、隙間なく、非常に親密であるさま」とある。この言葉を、夏の夕暮れどきの雰囲気・空気感に用いたところが作者のオリジナリティ。『俳句』2026年9月号。