コンテンツへスキップ
    • HOME
      • POST
      • PROFILE

俳句の庭

  • 子の一家発ち十五年墓洗ふ 永瀬十悟

    10月 1st, 2026

    「墓洗ふ」は、盂蘭盆会(うらぼんえ)の時期に先祖の墓を掃除し、水やタワシできれいに洗い清めること。祖先をこの世に迎える際に、前もって墓を洗い清め、花や香を手向けてお参りする。「墓参」の傍題。

    掲句は、東日本大震災の被災地に住み続ける作者が、発災後15年を経た感懐を端的に表出した作品。福島県在住の作者は、被災した生地にとどまって、先祖の墓を守り続けているが、向後を託すべき子の一家は、福島を離れたままなのである。事実そのままを飾らずに表現しながら、「十五年」という月日の重みがずしんと胸に響いてくる。『俳句』2026年10月号。

  • 夜盗蛾(よとうが)

    10月 1st, 2026

    チョウ目ヤガ科の昆虫。幼虫(夜盗虫)は、夜になると土中より出て、野菜や草花を食い荒らす夜行性の害虫。昼間は土の中に隠れ、夜になると出てきて農作物や草花を食い切る様子から、夜の盗賊になぞらえてその名がある。「夜盗虫」が蛹を経て成虫になったものが「夜盗蛾」で、いずれも夏の季語。「夜盗蛾」は「蛾」の傍題。

  • フランス紀行Ⅱ(12)

    10月 1st, 2026

    パリの南東約70キロメートルに位置するフィンテーヌブロー宮殿を訪れたのは旅の後半の一日。パリの南西約20キロメートルに位置するヴェルサイユ宮殿よりも、パリからさらに離れたところにあり、広大なフォンテーヌブローの森に囲まれていた。元々は歴代国王の狩猟用の館。16世紀になって、フランソワ1世がイタリアのルネサンス様式を取り入れて本格的に改築した。その後、アンリ2世やアンリ4世、ルイ15世、そしてナポレオン1世など、数世紀にわたり多くの王や皇帝が好みに合わせて改装・拡張を繰り返したため、中世の要塞からルネサンス、バロック、帝国様式まで多様な建築・装飾が混ざり合っている。宮殿の壁や天井、門などの至る所に、フランソワ1世の「F」、アンリ2世の「H」、ナポレオン1世の「N」などのイニシャルが残されていた。

    次の写真は、「白馬の中庭」と呼ばれる広場をチケット売り場の前から撮った一枚。(小さく映っている)正面中央の馬蹄形の階段は、1814年にナポレオン1世が退位を余儀なくされ、エルバ島へ流刑される前に近衛兵たちと別れを惜しんだ場所として知られる。

    次の写真は、画家フランソワ・ジェラールが1805年頃に描いたナポレオンの肖像画。皇帝の座に就いたばかりの若々しく生気溢れる表情が印象に残る。各種調度品や戴冠式で用いた剣などとともに、宮殿内のナポレオン1世博物館に展示されていた。フランス革命で荒廃したこの宮殿を短期間に修復し、帝国の象徴へと蘇らせたのはナポレオンの功績である。当時、パリ中心部にあるチュイルリー宮殿が公式の執務宮殿だったが、 この宮殿が気に入ったナポレオンは、四輪馬車に乗って頻繁にここを訪れたという。せわしないパリの政治から離れてリフレッシュしたいナポレオンにとって、この宮殿は実用的で心地よい環境を提供したのだろう。因みにナポレオンの在位は1804年~1814年及び1815年(百日天下)の2回。

    宮殿内のフランソワ1世のギャラリー。イタリア風ルネサンス美術とフランス芸術が融合した、宮殿を代表する豪華な装飾空間。壁面の木製パネル(寄木細工)、漆喰装飾、フレスコ画などが目を引いた。

    宮殿内のタペストリーの間。主殿宮(大居室)に位置する、壁一面が豪華なタペストリーで装飾された美しい応接間である。元々は王妃を守るための衛兵室や控室だったが、19世紀に大改修が行われたという。

    重要な王族の結婚式や洗礼式などが執り行われてきた三位一体礼拝堂。16世紀にフランソワ1世によって着工され、アンリ4世、ルイ13世の時代(17世紀初頭)にかけて豪華な装飾が完成したという。王族が毎日のミサに参列するために、居住区からこの礼拝堂へ直接アクセスできる回廊も造られている。なお、国王や王妃がミサを執り行うのを見下ろすための専用のバルコニーは、後方の二階にあった。私たちが訪れたときは、チェロによる室内楽の演奏会が行われていた。

    宮殿敷地内の「鯉の池」。水面に宮殿のファサードが映り込む憩いのスポットである。池の名は、17世紀初頭にアンリ4世がロレーヌ公から贈られた60匹の鯉を放流したことに由来するという。好天のもと、貸しボートを漕いでいる人もいた。

    ヴェルサイユ宮殿と比べると観光客も少なく、落ち着いた雰囲気の中で宮殿内外を巡ることができた。

  • 母と子に生まれ合はせて星月夜 片山由美子

    9月 30th, 2026

    「星月夜(ほしづきよ、ほしづくよ)」は月が出ていない夜、満天の星々がまるで月夜のように明るく輝いている様を表す。秋は空気が澄み、星がひときわ美しく見える季節。

    掲句は、帰郷した折、亡き母を偲んでの作品。秋たけなわの故郷は「星月夜」である。母と子の縁(えにし)は、人と人をつなぐ縁のなかで最も強く根源的なもの。しかし、母は子を選べる訳ではなく、子が母を選べるものでもない。偶然母と子に生まれ合わせたことへの感謝の思いが、この句の根底にはある。母への追慕の思いを「星月夜」がほの明るく包んでいる。『俳句』2026年10月号。

  • 草の絮(くさのわた)

    9月 30th, 2026

    イネ科、カヤツリグサ科、キク科のススキ、アシ、カヤ、アザミなどの穂が秋に熟し、種子を風に乗せて飛ばすために綿毛(わたげ)状になったもの。これらの草が秋に出す穂花が「草の穂」、穂花が結実して棉状になったものが「草の絮」で、いずれも秋の季語。

    下の写真はダンドボロギクの絮。

1 2 3 … 693
次ページ→

WordPress.com Blog.

コメントを読み込み中…
  • 定期購入 開始日
    俳句の庭

    Have a WordPress.com account? Log in now.

  • 俳句の庭
    サイトを Reader で表示
    購読管理登録ログイン
    このコンテンツを報告
    このバーを折りたたむ