秋に生い茂るさまざまな名もない草や、多くの草花の総称。秋の七草のような目立つ花だけでなく、道端の雑草まで広く含む。数多くの草が色づき、息づく秋の野原の情景を情緒的に捉えた言葉。平安時代には、秋の野原に出て草花を眺めたり摘んだりすることが貴族の間で流行し、その際、名もなき多くの美しい秋の草花をまとめて「千草」と呼び、和歌に詠み込んだ。「秋草」の傍題。

秋に生い茂るさまざまな名もない草や、多くの草花の総称。秋の七草のような目立つ花だけでなく、道端の雑草まで広く含む。数多くの草が色づき、息づく秋の野原の情景を情緒的に捉えた言葉。平安時代には、秋の野原に出て草花を眺めたり摘んだりすることが貴族の間で流行し、その際、名もなき多くの美しい秋の草花をまとめて「千草」と呼び、和歌に詠み込んだ。「秋草」の傍題。

「白鳥」はカモ科ハクチョウ属に分類される大型の水鳥。春から夏にかけてシベリアなどの北極圏で繁殖し、秋になると越冬のために日本に飛来する。日本で見られるのは、オオハクチョウとコハクチョウ。幼鳥は全身が灰色(グレー)をしており、成鳥と同じ真っ白な羽毛になるには約2年かかる。飛べるようになる前の「白鳥の子」は、日本では目にすることはなく、当然のことながら、歳時記には掲載されていない。
なお、ヨーロッパに生息するコブハクチョウは、渡りをせず、繁殖期を含めて一年中同じ地域で暮らす留鳥。下の写真はセーヌ川で暮らすコブハクチョウの親子。

「蟇(ひきがえる)」は両生類カエル目ヒキガエル科のカエル。「ガマ」「ガマカエル」「イボガエル」とも呼ばれる。春先の繁殖期には水辺にいるが、その後は森や草むら、民家の庭などの陸上で暮らす。夜行性で、蒸し暑い夏の夜になると、餌を求めて庭先などに姿を現す。
掲句は、蟇が身辺に現れる頃の、じっとりと汗ばむような夕暮を描く。「みつみつと」との擬態語が、夕暮どきの夏の庭先などを想像させて効果的だ。そろそろ夜行性の蟇が活動を始める時分である。鈍重でむさくるしい姿の蟇は、こんな汗ばむような夕暮に相応しい。なお、「蜜蜜(みつみつ)」は、辞書によれば、「仏教由来の表現で、隙間なく、非常に親密であるさま」とある。この言葉を、夏の夕暮れどきの雰囲気・空気感に用いたところが作者のオリジナリティ。『俳句』2026年9月号。
馬追ひが闇抜けて来し羽たたむ 直人
「馬追(ひ)」はキリギリス科の昆虫。「スイッチョン」と聞こえる鳴き声が馬子(うまご)が馬を追う声に似ていることからこの名がある。7月頃から鳴き始め、盛んに鳴くのは初秋の頃。昼間は草むらに隠れており、夜になると活発に動き回って鳴き始める。夜間に街灯や民家の照明などに引き寄せられてやってくることも多い。
掲句は、灯火に引き寄せられて姿を現した「馬追」を詠む。既に暮れきった初秋の闇を抜けて、一匹の「馬追」が作者の身辺に飛来したのだ。「闇抜けて来し羽たたむ」との措辞は、その生き物にじっと目を注いでいなければ得られない表現であり、飛んできた「馬追」がその美しい薄緑色の薄羽を畳んだ様が見えてくる。家居の作者の、夏の暑さから解放された安堵の思いも感じられる。昭和59年作。『朝の川』所収。
「茗荷(みょうが)」は、東アジア原産のショウガ目ショウガ科の多年草。古い時代に中国から渡来したとされ、本州から九州までの温帯・暖帯域に広く自生・栽培されている。夏から秋にかけて、地下茎からタケノコのように赤紫色の苞(ほう)が顔を出し、苞の間から淡黄色の半透明な花を咲かせる。この花は一日で枯れてしまう一日花(いちにちばな)。食用になるのは苞の部分である。
