「豇豆(ささげ)」は中央アフリカ原産のマメ科の一年草。上向きや斜め上に曲がって実る莢の姿が、両手で物を捧げ持っている形に似ていることからこの名がある。古い時代に中国経由で日本へ導入され、現在でも広く各地で栽培が行われている。品種や変種が多数あり、豆果が最も長いものが十六ササゲ。種子だけではなく豆果全体が食用になる。うす緑色の花が終わった後、長いサヤがつき豆 が育つ。晩秋に収穫する。関東近辺では赤飯に小豆よりも「豇豆」を使う伝統が残っている。

「豇豆(ささげ)」は中央アフリカ原産のマメ科の一年草。上向きや斜め上に曲がって実る莢の姿が、両手で物を捧げ持っている形に似ていることからこの名がある。古い時代に中国経由で日本へ導入され、現在でも広く各地で栽培が行われている。品種や変種が多数あり、豆果が最も長いものが十六ササゲ。種子だけではなく豆果全体が食用になる。うす緑色の花が終わった後、長いサヤがつき豆 が育つ。晩秋に収穫する。関東近辺では赤飯に小豆よりも「豇豆」を使う伝統が残っている。

今年(令和8年)6月下旬から7月下旬にかけて、妹夫婦と私たち夫婦の4人でフランスのパリ近郊からノルマンディ、ブルターニュ、ロワール、フォンテーヌブローを回ってきた。プライベートな旅行でのフランス行きは昨年に続いて2度目である。今回も昨年に引き続き、筆の赴くままに、旅中の見聞などを書き綴ってみたい。
最初の訪問地は、シャルル・ド・ゴール空港からレンタカーでホテルに移動する途中に訪れたオーベール・シュル・オワーズ。パリ近郊の人口7千人ほどの村であり、画家フィンセント・ファン・ゴッホの終焉の地でもある。といっても、ゴッホがこの村に住んだのは1890年5月20日から7月29日までの約70日間。ゴッホは麦畑でピストル自殺を図った2日後、7月29日に下宿先のラヴ―亭の部屋で亡くなった。
村役場近くの公園にゴッホのブロンズ像が立っていた。実際のゴッホより手足を長く引き伸ばした、デフォルメされたブロンズ像を仰ぎながら、私たちはゴッホの眠る共同墓地へ向かった。

途中立ち寄ったのがノートルダム寺院。 ゴッホ最晩年の油彩『オーヴェールの教会』のモデルになった教会である。聖職者を目指して挫折した過去を持つゴッホにとって、教会は特別な意味を持つモチーフだったのだろう。教会の内も外も、何事もなかったかのように静謐な時が流れていた。

教会の裏手の丘には、強烈な日差しのもと、雲の影一つない黄金色の麦畑が広がっていた。ゴッホが『カラスのいる麦畑』で描いたあの麦畑である。絵に描かれた不吉な鴉の姿はどこにもなく、青空と麦畑だけの世界が広がっていた。ゴッホ没後130年余を経た今でも、農家の人が毎年麦を蒔き、収穫を行っているという。フランス政府や自治体、文化団体が連携して保護活動を行っているのだ。画家が描いた風景を国を挙げて徹底して保存していこうとする姿勢は、日本にはないもの。

熟れ麦の間を道がうねりつつ延び、その先に村の共同墓地があった。共同墓地の塀ぎわに、ゴッホと弟テオの簡素な墓が並んで立ち、2つの墓石の上には、誰が手向けたのかヒマワリが一本ずつ供えてあった。墓石に手を置くと、折りからの日差しを受けて灼けるほど熱かった。

ゴッホの下宿先であり、息を引き取った場所であるラブー亭は、今はゴッホの家(Maison de Van Gogh)として公開され、一階部分は今もレストランとして営業していた。因みにゴッホが借りていたのは、3階の屋根裏にある5号室。小さな天窓から光が差し込むだけの部屋である。

〈口笛ひゆうとゴッホ死にたるは夏か 湘子〉の句があるように、夏はゴッホ忌が巡ってくる季節であり、また、画家が生前最も精力的に制作活動を行った季節でもある。私たちの旅の初日は、ゴッホを偲ぶのに相応しい暑い日だった。
「四手(しで)」はカバノキ科の落葉高木。神社の注連縄などに下げる紙垂(しで)に花の形が似ていることからこの名がある。春に垂れ下がる花穂をつけ、秋には小さな葉のような苞葉(ほうよう)が何枚も重なり合った果穂を垂らす。果穂は当初鮮やかな黄緑色をしているが、秋が深まるにつれて徐々に茶色く乾燥していく。そして、一枚一枚の苞葉が羽根の役割を果たして、中の小さなタネを風に乗せて遠くまで飛ばす。なお、歳時記には載っていない。

白桃の紅寝静まるごとくなり 直人
白桃は、黄色い果肉の黄桃(おうとう)に対して、果肉が白っぽく、みずみずしい果汁と上品な甘さが特徴。桃は太陽の光を浴びることで赤く色付くが、袋掛けをすることで色付きをコントロールすることができる。多くは生食される。
掲句は、収穫前に袋を外して綺麗に発色した白桃を詠む。白桃を美味しそうな美しい紅色に仕上げるのは、果樹園農家の腕の見せ所だろう。太陽の光を浴びて適度に色づいた桃の紅を、まるで寝静まっているようだと表現したところに、自ら手塩にかけた桃に対する愛おしみと自足の思いが見える。収穫を待つばかりの昼の桃畑の森閑とした趣を味わいたい。昭和59年作。『朝の川』所収。
「青嵐(あおあらし)」は青葉が茂るころに、それを揺らすように吹きわたる、やや強く爽やかな風。晴れた日に新緑の木々をざわざわと力強く揺らす、生命力に満ちた爽快な風であり、台風や悪天候の暴風ではない。
掲句は、青嵐の中で、「リア王」の眉間の皺を思い浮かべての作品。「リア王」は、周知のようにシェイクスピアが遺した同名の悲劇の主人公。国王退位後、長女と次女に裏切られて冷遇され、荒野をさまよう「リア王」を嵐が包んでいる。その眉間の皺は、己の過ちを悟ったことによるものでもあり、長女や次女の理不尽に対する怒りでもあるだろう。この句の青嵐には、有無を言わさぬ非情さが感じられる。『俳句四季』2026年9月号。