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俳句の庭

  • フランス紀行Ⅱ(10)

    9月 21st, 2026

    パリ近郊に滞在中の6月下旬、シャンティイ(Chantilly)を訪れた。パリの北約40〜50キロメートルにある、美しい城やホイップクリーム発祥の地として知られる町である。

    シャンティイ城の手前の濠は、ノネット川から引かれている水。ノネット川はオワーズ川の支流で、ヴェルサイユ宮殿の庭園も手がけた造園家アンドレ・ル・ノートルによって人工的に整流・運河化された。城は、自らの美を誇示するかのように、その端正な姿を水に映していた。

    城の内部のコンデ美術館は、ルーブル美術館に次ぐフランス国内第2位の古典絵画コレクション。このコレクションを収集したのは国王ルイ・フィリップの息子オマール公アンリ・ドルレアン。フランス革命で破壊されたこの城をルネサンス様式で再建・復元したのもこのオマール公である。オマール公は自身の莫大な美術コレクションを城ごとフランス学士院に遺贈したという。19世紀のことである。因みに、コンデ公(Prince de Condé)は、16世紀から19世紀にかけてフランスで栄えた、王室の血を引く名門貴族(親王家)の当主が名乗った称号。1830年にコンデ公家が断絶したとき、シャンティイ城を含め、その全財産を相続したのがコンデ公の甥にあたるオマール公だった。

    次の写真は城内の「戦いの間」。白い壁と金の縁取りが特徴的な18世紀ロココ調の空間。コンデ公の戦争での勝利を描いた絵画が並んでいる。「戦いの間」を含め城の建物そのものが、そのままコンデ美術館になっている。

    城内の王子の寝室。16世紀から残るエリアで、フランス革命の破壊を免れたため、かつての城主たちの私室がそのまま残っている。コンデ公家の栄華を伝える部屋の一つ。

    城内の大居室とダイニングテーブル。天井の木彫り装飾、壁のタペストリー、テーブル上の金色の燭台などが目を引く。

    シャンティイ城の大厩舎(グランデ・エキュリ)は、18世紀にブルボン公ルイ・アンリのために建てられた、宮殿のように豪華で壮大な厩舎である。元々は競走馬や猟犬、馬車などを収容するために建てられたという。当時、貴族にとって狩猟は最高の娯楽であり、ステータス。収容されていたのは、広大なシャンティイの森で狩りを行うための馬や猟犬である。現在、シャンティイはフランス最大の競走馬の町。ここで第1回の競馬の公式レースが開催されたのは1834年に遡るという。

    次の写真は、駐車場付近から競馬場越しに撮った大厩舎。当日は競馬は行われておらず、青々とした芝生が広がっていた。

    建築家ジャン・オベールが設計したこの建物は、 現在は馬の博物館になっており、馬に関する資料やオブジェが展示されていた。

    大厩舎には、今でも馬が飼育されており、馬術ショーや調教のデモンストレーションを楽しむこともできるという。

  • 宵月(よいづき)

    9月 21st, 2026

    陰暦8月2日頃から上弦(三日月や半月)の頃までの月。日没後の宵の時間帯に現れ、夜半には沈んでしまう。「宵月」が出ている夜が「宵月夜」。

  • 天狗茸(てんぐたけ)

    9月 21st, 2026

    テングタケ科の毒キノコ。針葉樹(マツ、モミなど)や広葉樹(コナラ、クヌギなど)の林の地上に広く発生する。名前の由来は、褐色の傘にある白い水玉模様の斑点(外皮膜の破片)が、天狗の衣服(山伏の装束)の柄や、天狗の鼻のまわりの小鼻(ぶつぶつ)を連想させるためとの説がある。「茸」や「毒茸」の傍題。

  • フランス紀行Ⅱ(9)

    9月 20th, 2026

    モン・サン=ミシェルは、フランス北西部ノルマンディー地方のサン・マロ湾に浮かぶ小島と、その上にそびえる修道院。サン・マロ湾はヨーロッパでも特に潮の満ち引きが激しく、3月や9月の満潮時は 周囲の干潟が完全に海で満たされ、海にぽつんと浮かぶ孤島になるというが、干潮時には、 周囲に広大な干潟が現れ、かつて巡礼者たちが歩いて渡った地続きの道が現れる。

    修道院は、狭い岩山の地形に合わせて、何世紀にもわたり増改築が繰り返されてきた。最下層に民家や商店、中層に要塞や騎士の部屋、そして頂点に修道院がそびえる構造は、中世の封建社会の階層をそのまま表しているという。

    私たちは今回の旅行中、モン・サン=ミシェルを4回訪れた。最初は本土側の有料駐車場にレンタカーを停め、島の手前まで無料のシャトルバスに乗った。環境保護のため交通規制があり、車で島のふもとまで直接行くことはできないのだという。次の写真は、シャトルバス前方から撮ったモン・サン=ミシェル。

    尖塔の先の大天使ミカエルが朝日を浴びて金色に輝いていた。ミカエルはキリスト教において神に最も近い存在であり、天の軍勢を率いて悪(サタン)と戦う総司令官。ガブリエル、ラファエルと並ぶ三大天使の一人。因みに、ミシェルはミカエルのフランス語読みであり、モン・サン=ミシェルを日本語に訳すと、〈大天使ミカエルに捧げられた聖なる山(島)〉ということになる。

    修道院3階にある回廊。修道士たちが祈りを捧げ、瞑想しながら歩くための空間だったという。中庭には緑の芝生が広がっていた。壁に囲まれて生活している修道士たちは、ここから空を仰いで、外光を眩しみながら魂の解放を覚えていたのではないだろうか。

    修道院内部の、聖マルティヌス地下礼拝堂。重厚なロマネスク様式のアーチや石造りの壁面が広がる祈りのための地下空間。11世紀前半に造られたというから、千年の月日が封じ込められた闇である。モン・サン=ミシェルにはこの外3つの地下礼拝堂がある。

    城壁に設置されていた古い大砲。中世の百年戦争などで防御拠点として使われた歴史を伝える遺構である。彼方には、サン・マロ湾の干潟が広がっていた。

    次の写真は、2度目に訪れたときのモン・サン=ミシェル。放牧している羊を隔てて眺めただけだったが、シャトルバスからの眺めとは全く違う光景に触れることができた。この地方はプレ・サレ(Pré-salé)と称するブランドラムの産地。満潮時には海の底になり、干潮時には陸地になる塩性湿地(ソルトマーシュ)に自生する草を食べて育ち、羊の肉に自然な塩味と独特のハーブのような風味が加わるという。私たちがスーパーで購入したラム肉はプレ・サレではなかったが、ローストにして美味しくいただいた。

    4度目に訪問したときのモン・サン=ミシェル。自生のフェンネルの花を隔てて遠くから撮った。フェンネルはハーブや野菜として知られるセリ科の植物で、甘い香りがする。この後、アプローチの橋を渡って島内を散策した。島内では、大きな荷を背負って急な石段を上ってくる何人もの巡礼者に出会った。

  • 威嚇しているアメリカザリガニ

    9月 20th, 2026

    近くの川べりにいたアメリカザリガニのオス。ハサミを大きく広げて高く上げ、自らを大きく見せて私を威嚇していた。防衛本能の表れだが、筋力が強いオスのハサミに挟まれると、出血したり強い痛みを感じたりすることがあるそうだ。日本の川や池で見掛けるザリガニのほとんどは、北米原産の外来種であるアメリカザリガニで、日本固有種のニホンザリガニはほとんど見られない(絶滅危惧種)。なお、俳句では、ザリガニは「蟹」(夏季)の傍題になっている。

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