「十二月」は一年の最終月。新年を迎える準備など何かと済ませるべきことが多く、あわただしさを感じさせる。振り返って、この一年の出来事を改めて思い起こすことも多い。
掲句は飯能の古刹能仁寺での作品。山門を潜るとき、阿形・吽形の二体の仁王像は初冬の冷気の中でしんと静まり返っていた。阿形の像の発止と広げた掌の指の一本一本に、忿怒(ふんぬ)の気が通っているように思えた。明治維新の戦火がこの地まで及んだことが想像できないほどの静寂が、辺りを支配していた。平成12年作。『河岸段丘』所収。
「十二月」は一年の最終月。新年を迎える準備など何かと済ませるべきことが多く、あわただしさを感じさせる。振り返って、この一年の出来事を改めて思い起こすことも多い。
掲句は飯能の古刹能仁寺での作品。山門を潜るとき、阿形・吽形の二体の仁王像は初冬の冷気の中でしんと静まり返っていた。阿形の像の発止と広げた掌の指の一本一本に、忿怒(ふんぬ)の気が通っているように思えた。明治維新の戦火がこの地まで及んだことが想像できないほどの静寂が、辺りを支配していた。平成12年作。『河岸段丘』所収。
カモ目カモ科ハクチョウ属の水鳥。アジア北方で繁殖し、日本に渡来して湖沼や海湾で越冬する。日本にとどまるのは11月~翌3月頃にかけてで、鴨よりも帰るのがやや早い。家族の絆がつよく、越冬中も家族関係は続く。「白鳥帰る」は春の季語。なお、コブハクチョウなどは渡りをしないので通年見ることができる。

朴(ほお)は日本や中国原産のモクレン科の落葉樹。山地に自生するほか、庭木にもされる。日本の広葉樹の中では最も大きな葉をつける。冬になると、錆色に枯れた葉が一枚一枚落ち、地上のそこここを覆う。踏むと乾いた音を立てる。

桃の中でも、滴るばかりの果汁と柔らかく甘美な果肉を特徴とする「白桃」が店先に出回るのは初秋の頃で、桃の中では晩生種。
掲句は「白桃」を通して父子の情を詠んだ作品。作者若かりし日の回想の句として読みたい。父を憎むがゆえに、父が指先で触れた「白桃」まで憎くなったという。豊饒さと清潔さを合わせ持つような「白桃」が美しければ美しいほど、作者の父に対して抱いていた一途な憎しみが浮かび上がってくる。「けり」の詠嘆には、来し方の作者自身に対する万感の思いがあろう。『俳句界』2024年11月号。
日本在来のキク科の多年草。暖地の山野に自生するほか、観賞用に栽培されている。晩秋の頃花を咲かせる。中心の管状花は黄色で舌状花は白色。油菊、野紺菊などとともに野菊の一種で、野菊の傍題として掲載している歳時記もある。
