日本在来のブドウ科の落葉蔓性木本。全国の山野に自生するほか、観賞用に外壁や石垣などに這わせることがある。茎は吸盤のある巻ひげで、他のものに絡んで這い上がる。俳句では単に「蔦」というだけで、秋になって燃えるような紅葉を呈した蔦を指す。「蔦紅葉」ともいう。

日本在来のブドウ科の落葉蔓性木本。全国の山野に自生するほか、観賞用に外壁や石垣などに這わせることがある。茎は吸盤のある巻ひげで、他のものに絡んで這い上がる。俳句では単に「蔦」というだけで、秋になって燃えるような紅葉を呈した蔦を指す。「蔦紅葉」ともいう。

「しぐれ虹」は「冬の虹」の傍題。夏の虹のように鮮明ではないが、ひと時雨(しぐれ)あったあとに淡い日差しにかかる虹は儚く美しい。
掲句は時雨がさっと降って過ぎた後にかかる「しぐれ虹」を詠む。虹の片脚が作者の眉間(みけん)より立っているというのは、虚実皮膜の一瞬の感受だが、現れては消える初冬の淡い虹の美しさを引き出している。しばらく佇んでいると、作者と遠嶺(とおね)の間にかかっている虹も、たちまち薄れてゆくことだろう。『俳句四季』2024年11月号。
熱帯アメリカ原産のウリ科の蔓性多年草。はじめて鹿児島に渡って来たことからこの名がある。主に西日本の暖地で栽培されている。夏から秋にかけて白い小さな花が咲き、晩秋の頃洋ナシ形の果実が実る。味は淡白で、漬物や酢の物などにする。

「冬隣」は立冬を目前にして、冬がすぐそこまで来ていることを表す季語。迫ってくる冬に対して静かに身構えるような気分がある。
掲句の「詩碑」は、昭和28年から亡くなるまで飯能に住んだ蔵原伸二郎のもので、能仁寺東端の天覧山入口に立つ。高さ3メートルほどもある詩碑で、碑面には自筆の「めぎつね」の一節が彫られてあった。〈野狐の背中に雪がふると狐は青いかげになるのだ 吹雪の夜を山から一直線に走ってくるその影〉詩人の気息がそのまま一行の詩になって刻まれているような詩碑の佇まいに、近づいてくる冬の気配を感じた。平成13年作。『河岸段丘』所収。