「原爆忌」は、8月6日に広島市に、続いて同月9日に長崎市に原爆が投下された日。それぞれ「広島忌」「長崎忌」などともいう。原子爆弾の犠牲者を追悼し、平和を祈る。
掲句は、極暑の日々の中を巡って来る原爆忌を詠んだ作品。暦の上では立秋の前後とはいえ、原爆忌の頃はまだまだ太陽は衰えを見せない。昼間日差しに熱せられた地面の火照りは翌朝になっても冷めず、近くの公園では朝早くから蝉が盛んに鳴いた。原爆が投下された当日の広島や長崎も、こんな極暑の最中だったのだろう。平成18年作。『春霙』所収。
「原爆忌」は、8月6日に広島市に、続いて同月9日に長崎市に原爆が投下された日。それぞれ「広島忌」「長崎忌」などともいう。原子爆弾の犠牲者を追悼し、平和を祈る。
掲句は、極暑の日々の中を巡って来る原爆忌を詠んだ作品。暦の上では立秋の前後とはいえ、原爆忌の頃はまだまだ太陽は衰えを見せない。昼間日差しに熱せられた地面の火照りは翌朝になっても冷めず、近くの公園では朝早くから蝉が盛んに鳴いた。原爆が投下された当日の広島や長崎も、こんな極暑の最中だったのだろう。平成18年作。『春霙』所収。
擬宝珠(ぎぼうし)は山野に自生するユリ科の多年草。6〜8月頃に、白や薄紫色の涼し気な花を咲かせる。つぼみの形が、橋の欄干などにある伝統的な装飾「擬宝珠(ぎぼし)」に似ていることからこの名がある。
掲句は、八ヶ岳東麓の野辺山高原に滞在中、擬宝珠の「まみどりの茎」に目をとめて詠んだ作品。原種の擬宝珠が林中のあちこちに咲き始めていた。野趣ある花の風情もいいが、その時は、株の中心から直立する緑色の茎に目が引き寄せられ、手で触れて感触を確かめた。茎のしなやかな勁さのうちに、擬宝珠の命が宿っているように思えた。平成19年作。『春霙』所収。
花菖蒲(はなしょうぶ)は、アヤメ科の多年草。日本在来の野花菖蒲から多数の園芸品種が作出されている。梅雨の時期、水辺などで、真っ直ぐに立った茎の頂に色鮮やかな花を咲かせる。
掲句は、東村山の北山公園の菖蒲園での作品。「角髪(みずら)」は日本の上代におけるの成人男子の髪の結い方。聖徳太子像などでお馴染みの髪型だ。花菖蒲はゆっくりと時間をかけて花弁を解いて全き花の形になる。その様を眺めていてふと浮かんだ比喩である。古くから品種が作出され、日本人に親しまれてきた花菖蒲の面影が、この比喩により身近なものになればいいと思っている。平成19年作。『春霙』所収。
「栗の花」は、梅雨の時期に木を覆うように淡黄白色の長い花穂を垂らし、独特の青臭い匂いを放つ。その強烈な匂いでハエやアブなどの昆虫を惹きつけ、受粉を行うとされる。
掲句は、栗の花の匂いの中にあって、老いということを意識しての作品。咲き盛るときは、界隈を覆い尽くすほどの栗の花の強い匂いは、私を含めた生き物の生を意識させるとともに、その表裏をなす老病死ということにも思いは及ぶ。これから日一日と老いていくであろう私自身のことを思った。折から、地上の生き物たちの活動が一年中で最も盛んになる季節である。平成21年作。『春霙』所収。
「蒿雀(あおじ)」は、ホオジロ科の小鳥。「青鵐」とも表記する。日本国内を季節ごとに移動する漂鳥(ひょうちょう)で、夏の繁殖期には本州中部以北や北海道の林に棲む。背は緑褐色、腹は黄色で黒い斑点がある。
掲句は、八ヶ岳東麓の野辺山高原での作。山の天気は変化が激しく、晴れていたかと思うと、たちまち雲が群がって雨を降らせたりする。その時は、雑木林を日照雨(そばえ)が過ぎていった後、青鵐のゆっくりとしたテンポの澄んだ声が、白樺や水楢の梢から聞こえてきた。雨に濡れた幹が、夕日を受けて照り輝いていた。なお、日照雨は、晴れているのに雨が降る天気雨のこと。平成19年作。『春霙』所収。