「踏青(とうせい)」は春先に萌え出たばかりの若草を踏みながら、野山を散策したりピクニックを楽しんだりすること。中国の古い風習が奈良時代に日本へ伝わったもの。「青き踏む」ともいう。
掲句は、草が萌え出た野を歩き回りながら、小さな水音に耳を澄ませているところを詠んだ。凍てが緩んでくると、真っ先に生き生きとしてくるのが水である。近くを流れる小川のせせらぎ、草木を落ちる雫の音その他小さな水の声が、野のあちこちから聞こえてくる。春が動き出したことを感じるのはそんな時だ。令和8年作。
「踏青(とうせい)」は春先に萌え出たばかりの若草を踏みながら、野山を散策したりピクニックを楽しんだりすること。中国の古い風習が奈良時代に日本へ伝わったもの。「青き踏む」ともいう。
掲句は、草が萌え出た野を歩き回りながら、小さな水音に耳を澄ませているところを詠んだ。凍てが緩んでくると、真っ先に生き生きとしてくるのが水である。近くを流れる小川のせせらぎ、草木を落ちる雫の音その他小さな水の声が、野のあちこちから聞こえてくる。春が動き出したことを感じるのはそんな時だ。令和8年作。
「行々子(ぎょうぎょうし)」は葭切(よしきり)の異名。川辺の葦(よし)の茂みにとまり、暑い最中にギョギョシ、ギョギョシとけたたましく鳴く。
掲句には、「青森 四句」との前書きを付けた。青森に出張した際に、朝の散歩の時に目にした光景が契機になっている。駅前のビジネスホテルから歩いてすぐのところに、かつて青函連絡船に貨車や旅客を繋ぐために使用されていた線路や客車などが、使用されなくなった後も草叢の中に残されていた。その日の暑さを予告するかのように、「行々子」が朝から頻りに鳴いていた。平成19年作。『春霙』所収。
鰹(かつお)は春に黒潮に乗って太平洋を北上し、若葉の頃伊豆、房総沖に到達する。その頃に獲れる鰹が「初鰹」。脂が少なくさっぱりとした初夏の味覚であり、初物としての特別感がある。
掲句には、他の5句とともに「築地 六句」との前書きをつけた。早朝の築地場外市場で見かけた光景が契機になった作品。競り落とされたばかりの、ぷりぷりした新鮮な鰹が、無造作にトロ箱に詰め込まれ、運ばれていくところであった。「きしきし」の擬音語が、魚市場の朝の活気と季節感を写し得ていれば幸いだ。平成20年作。『春霙』所収。
「原爆忌」は、8月6日に広島市に、続いて同月9日に長崎市に原爆が投下された日。それぞれ「広島忌」「長崎忌」などともいう。原子爆弾の犠牲者を追悼し、平和を祈る。
掲句は、極暑の日々の中を巡って来る原爆忌を詠んだ作品。暦の上では立秋の前後とはいえ、原爆忌の頃はまだまだ太陽は衰えを見せない。昼間日差しに熱せられた地面の火照りは翌朝になっても冷めず、近くの公園では朝早くから蝉が盛んに鳴いた。原爆が投下された当日の広島や長崎も、こんな極暑の最中だったのだろう。平成18年作。『春霙』所収。
擬宝珠(ぎぼうし)は山野に自生するユリ科の多年草。6〜8月頃に、白や薄紫色の涼し気な花を咲かせる。つぼみの形が、橋の欄干などにある伝統的な装飾「擬宝珠(ぎぼし)」に似ていることからこの名がある。
掲句は、八ヶ岳東麓の野辺山高原に滞在中、擬宝珠の「まみどりの茎」に目をとめて詠んだ作品。原種の擬宝珠が林中のあちこちに咲き始めていた。野趣ある花の風情もいいが、その時は、株の中心から直立する緑色の茎に目が引き寄せられ、手で触れて感触を確かめた。茎のしなやかな勁さのうちに、擬宝珠の命が宿っているように思えた。平成19年作。『春霙』所収。