「早梅(そうばい)」は春に先駆けて咲く梅のこと。本格的な春が到来する前に、寒気の中でいち早く咲くその凛とした姿には、目を惹きつけられる。
掲句は、東村山の北山公園の早梅を見に行った時の作品。咲き始めた早梅の眩さに、幼な子の疎らに生えた乳歯のひと粒ずつの光を思い浮かべた。時々家に遊びに来る2人の孫のことや、中村草田男の〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉の句が、私の潜在意識にあったように思う。いずれにしても、春に先駆けて咲く早梅の清潔な美しさは無類である。令和8年作。
「早梅(そうばい)」は春に先駆けて咲く梅のこと。本格的な春が到来する前に、寒気の中でいち早く咲くその凛とした姿には、目を惹きつけられる。
掲句は、東村山の北山公園の早梅を見に行った時の作品。咲き始めた早梅の眩さに、幼な子の疎らに生えた乳歯のひと粒ずつの光を思い浮かべた。時々家に遊びに来る2人の孫のことや、中村草田男の〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉の句が、私の潜在意識にあったように思う。いずれにしても、春に先駆けて咲く早梅の清潔な美しさは無類である。令和8年作。
「煤掃(すすはき)」は、正月を迎えるために家中の煤や埃を払う年末の行事。単に掃除するだけでなく、年神様を迎える神聖な意味合いがある。12月13日(正月事始め)に行われることが多い。「煤払(すすはらい)」ともいう。
掲句は、年末の大掃除の後のすっきりと澄んだ身辺を詠んだもの。庭先から家の南側の窓ガラスを拭いた後、窓に差し込む日差しが澄みを加えたように感じられた。「日向」「日陰」と畳み掛けて、家の内外の清々しさを表した。『郭公』井上主宰には、「煤掃のあとのしんとした静けさが伝わってくる。」と鑑賞していただいた。令和7年作。
「神の留守」は、陰暦10月(神無月)に八百万の神々が出雲に集まり、各地の神々が留守になること。神が去った後の静けさや、少し寂れた様子が思い浮かぶ伝承に基づく季語。
掲句は、神が留守になる頃の初冬の空合いを詠んだ作品。「吹越(ふっこし)」は晴天時に風に乗って雪がちらちらと舞うこと。「風花(かざはな)」ともいうが、日本海側から山を越えてくる風雲や雪のぱらつく様が目に浮かぶ言葉だ。未明の頃戸外を歩いていて、飛ぶように通り過ぎて行く雲に星々が消えたり、再び現れたりする様を仰いだ。私の住んでいる南関東では、実際に雪が舞うことは余りないのだが・・・。令和7年作。
「小春」は陰暦10の異称。現行の新暦では11月~12月上旬頃に当たる。まだ本格的な冬とはならず暖かい日和が春先の陽気を思わせる。本格的な寒さに向かう時期の束の間の温かさに、心も体も一息つく。
掲句は自宅にいて、朝から昼にかけての時間の推移の中で「小春」を実感しての作品。隣家の屋根を越えた日差しが庭にゆきわたる頃、目白が来てひそひそと声をこぼしながら何かを啄んでいた。目白が去った後、今度は鵯(ひよ)が来て自らを主張するように喧しい声で鳴いた。それぞれ、このエリアを縄張りにしている鳥たちだ。代わる代わる庭先に来る鳥たちの声に、穏やかな「小春」の一日が動き始めるのを感じた。令和7年作。
「漱石忌」は、明治の文豪夏目漱石の忌日(12月9日)。本名は金之助。大学時代、子規と出会って俳句を学び、その後多くの俳句を作った。虚子の勧めで、『ホトトギス』に『吾輩は猫である』を発表したことが小説家に転ずる契機になった。
掲句は、漱石の忌日に、漱石の人となりや文業に思いを馳せての作品。漱石は、小説を通して、明治維新以降の日本人の心の拠り所を求め続けた作家だったと思っている。その志は「火の色」と形容するに相応しい。『郭公』の井上主宰には、「室咲きの花の色の強烈な赤は、夏目漱石という作家の印象と響き合っている。」と鑑賞していただいた。令和7年作。