日本を含む東アジア原産のシソ科の多年草。花が金襴(きらん)という織物の切れ端のように見えることや、金瘡(切り傷)を治す薬草であることなどから名付けられたという。日当たりの良い道端や野原に自生する。3月から5月頃、地面に張り付くように紫色の小花を咲かせる。別名「地獄の釜の蓋(じごくのかまのふた)」。なお、手元の歳時記には掲載されていない。

日本を含む東アジア原産のシソ科の多年草。花が金襴(きらん)という織物の切れ端のように見えることや、金瘡(切り傷)を治す薬草であることなどから名付けられたという。日当たりの良い道端や野原に自生する。3月から5月頃、地面に張り付くように紫色の小花を咲かせる。別名「地獄の釜の蓋(じごくのかまのふた)」。なお、手元の歳時記には掲載されていない。

「夕桜」は夕暮れ時の薄明かりの中に佇む桜のこと。華やかな昼の桜とは異なり、静寂の中にほの白く暮れ残る寂しげな印象がある。暮れてゆく春の一日を惜しむ思いもあるだろう。
掲句は、夕桜を眺めながら、母の手がいつも濡れていたことを追想しての作品。月日が経過しても、亡き母の記憶は薄れるどころか、ますます純化され、鮮明になっていく。母の手が水仕のためいつも濡れていたというのは、何度となく母を追想する中での、一つの発見だったのだろう。家族のために台所に立ち続けた母の記憶を、作者は珠のように大切にしているのだ。その独り心を、夕桜のほの明りが優しく包む。『俳壇』2026年5月号。
キク科の多年草。日本原産のミヤマヨメナの園芸品種。品種改良が行われたのは江戸時代だという。「都忘れ」の名は、鎌倉時代に佐渡へ流された順徳上皇が、この花(の原種)を眺めて都への思いを忘れようとしたとの伝説に由来する。別名「野春菊」「東菊」。4〜6月に薄紫、青、ピンク、白などの花を咲かせる。

「躑躅(つつじ)」はツツジ科ツツジ属の常緑又は落葉低木。その中でも「大紫」は、リュウキュウツツジから生まれたとされる常緑の園芸品種。公園や庭園に植えられる。4~5月に、新葉と同時に鮮やかな紅紫色の大きな花を咲かせる。「躑躅」の傍題。なお、「大紫」は、紫色の翅を持つ大型のタテハチョウを指す場合もある。

「涼し」は、夏の暑さの中で思いがけず覚える心地よい涼しさのこと。流水や木陰など、涼しさを感じる場面は様々で、そこに作者の個性が表れる。
掲句は、自在鉤に吊るされている鉄瓶を詠んだ作品。といっても、夏のことで、囲炉裏には火の気はなく、辺りに人の気配はない。「涼しさの芯に」との措辞が、作者の感動の焦点を明確に示している。夏の真昼、ほの暗い囲炉裏の真ん中に吊るされている鉄瓶は、言ってみれば「夏炉冬扇」のようなものだが、ひんやりとして確かに涼し気だろう。『俳壇』2026年5月号。