母の手のいつも濡れゐし夕桜 松岡隆子

「夕桜」は夕暮れ時の薄明かりの中に佇む桜のこと。華やかな昼の桜とは異なり、静寂の中にほの白く暮れ残る寂しげな印象がある。暮れてゆく春の一日を惜しむ思いもあるだろう。

掲句は、夕桜を眺めながら、母の手がいつも濡れていたことを追想しての作品。月日が経過しても、亡き母の記憶は薄れるどころか、ますます純化され、鮮明になっていく。母の手が水仕のためいつも濡れていたというのは、何度となく母を追想する中での、一つの発見だったのだろう。家族のために台所に立ち続けた母の記憶を、作者は珠のように大切にしているのだ。その独り心を、夕桜のほの明りが優しく包む。『俳壇』2026年5月号。


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