陰暦9月9日の重陽の節句に、高い丘や山に登って災厄を祓うこと。古代中国の風習に由来する行事である。当日は茱萸(ぐみ)の実を入れた袋を身につけて登り、菊の酒を飲んで長寿や健康を祈る。「高きに登る」ともいう。「登高」の行事そのものは日本に定着しなかったが、秋晴れの日に、小高い丘や山に登って景色を眺め、心身をリフレッシュするという秋の楽しみ方として行われているとも言える。「登高」が季語として定着した背景には、杜甫の七言律詩「登高」を始めとする中国の漢詩文の影響があったと言われる。

陰暦9月9日の重陽の節句に、高い丘や山に登って災厄を祓うこと。古代中国の風習に由来する行事である。当日は茱萸(ぐみ)の実を入れた袋を身につけて登り、菊の酒を飲んで長寿や健康を祈る。「高きに登る」ともいう。「登高」の行事そのものは日本に定着しなかったが、秋晴れの日に、小高い丘や山に登って景色を眺め、心身をリフレッシュするという秋の楽しみ方として行われているとも言える。「登高」が季語として定着した背景には、杜甫の七言律詩「登高」を始めとする中国の漢詩文の影響があったと言われる。

日本在来のイネ科の一年草。姿が雑穀の黍(きび)に似ているが、その小穂が糠(ぬか)のように極めて小さいことからこの名がある。主に野原や林の縁、水田の畦、水路周辺など、やや湿った半日陰や草むらに自生する。8月〜9月(初秋〜仲秋)にかけて細かい粟のような暗紫色の穂をつける。なお、歳時記には掲載されていない。

祭りや巡行の途中で山車(だし)同士が向かい合わせになり、お互いのお囃子(笛・太鼓・鉦・踊り)を披露し合う。「引き」と「合わせる」が組み合わさった言葉が促音化したもの。「叩き合い」「ぶっつけ」など地域により呼び名は様々である。勝ち負けはなく、道を譲り合うルールも定まったものはない。川越祭をはじめ、北関東(埼玉・群馬・栃木・茨城)の山車祭りを中心に行われている行事。なお、歳時記には掲載されていない。

木のまはりばかり澄みゆく年用意 直人
「年用意」は新年を迎えるために、年末に家の中や身の回りの支度を整えることをいう。衣類や道具の支度、煤払い、正月用品の買い物、飾りつけの用意など多岐にわたる。
掲句は、年末の「年用意」の忙しなさの中にいて、ふと庭先の木に目を止めての作品。人の世と関わりなく、庭先の木々は静かな佇まいのまま新たな年を迎えようとしている。世の騒がしさから一歩離れた作者の澄んだ目と心が捉えた歳晩の風景である。人間の生活に関わる「年用意」の句としては異色の一句。昭和57年作。『朝の川』所収。
歳晩の裾を一気に八ヶ嶽 直人
「歳晩(さいばん)」は一年の終わり、特に12月の末頃を指す。「年の瀬」「年の暮」などともいうが、これらの言葉が持つ世俗的な慌ただしさに対し、「歳晩」は漢語特有の格調高い響きがあり、静けさや厳粛さ、過ぎ去る時間への深い感慨を含む。
掲句は、12月も押し詰まり年が終わろうとする頃、「八ヶ嶽」の裾の稜線に目を止めての作品。「八ヶ嶽」といえば、甲斐駒や富士とともに、作者の故郷を取り巻く代表的な山。「裾を一気に」延ばしてそこにどっしりと据わる山容は、この山独自の風趣である。年の終りに際し、独り故郷の西北に座す「八ヶ嶽」に向かう作者の心静かな時間が思われる。昭和54年作。『朝の川』所収。