キジカクシ科ヤブラン属の常緑性の多年草。主に関東以西の本州・四国・九州・沖縄に分布し、山野の林内で樹木の下草として自生するほか、和風庭園などの下草によく用いられる。晩夏から初秋にかけて、葉の間から多数の花茎が立ち上がり、長さ10センチほどの穂状花序を形成して、多数の淡紫色の小さな花を密に咲かせる。花の後直径5ミリほどの球形の実を結び、熟すと濃い黒紫色になる。

単に蓬といえば、餅草を作るために若葉を摘む頃の蓬。萌え出た頃は香しく可憐だった蓬も、夏になると茎は木のように固く猛々しくなり、その茂るさまは荒れさびた感じが強くなる。農地でも空き地でも、放置するとたちまち丈を伸ばして蔓延る。
掲句は荒れさびた郊外での散歩の場面だろう。「道」も「径」もミチと読むが、「径」は細く狭い道や近道を指す。山野や畑の中の細々とした在るか無きかの径が、皆、きちんと舗装され人やモノが行き交う道路につながっているというのだ。散歩中ふと我に返り、径のような私的で密やかな空間ではなく、一歩行者として振舞わなければならない道に出たことを改めて認識している趣もあろうか。『俳壇』2023年8月号。
博多祇園山笠は博多の櫛田神社の夏祭。博多祭ともいう。祭の熱気が最高潮に達するのは7月15日の「追山笠(おいやま)」で、この祭の掉尾を飾る神事。早朝、太鼓の合図で山笠が次々走り出し、熱気と興奮の中四キロ余のコースのタイムを競う。
掲句は山笠を担う舁き手が、息を揃えて太鼓の合図を待っている場面。舁き手にとっても観客にとっても緊張の一瞬だ。観客の一人である作者も、舁き手と息を合わせて、今か今かと太鼓の合図を待っているのだ。『俳壇』2023年8月号。
焼け付くような太陽が高いところに座を占め、燃えあがるような熱気に充たされている空。頭上から照り付ける有無を言わせぬ日差しに、鳥たちも姿を見せず、街中や公園も人影が疎らになる。自然の威力の非情さを見せつけられる。

熱帯アジア原産のウリ科の一年草で、江戸初期に中国から渡来。蔓性で巻ひげを出して、他のものに絡みつきながら生長する。晩夏の頃、葉の根元に釣鐘形の黄色い花をつける。他のウリ類と同様、雄花雌花が同一の株に咲く。花の後、濃緑色の円柱状の実を結び、若い実は、南九州・沖縄で食用にされている。単に糸瓜といえば秋の季語。
