コンテンツへスキップ
    • HOME
      • POST
      • PROFILE

俳句の庭

  • 桐の実

    10月 12th, 2023

    桐はキリ科の落葉高木。初夏、枝先に淡紫色の花をつけた後、卵形の実を結ぶ。熟すと固くなって二つに裂け、翼のある種子を多数飛ばす。

  • ハンガーにハンガー掛けてある秋暑 土井探花

    10月 11th, 2023

    秋暑は残暑ともいい、立秋を過ぎてもなお残る暑さのこと。暑さのピークは過ぎたとはいえ、いつまでも続く暑さにはうんざりさせられる。

    掲句は、ハンガー(洋服掛け)にハンガーが掛けてあるという室内の情景を句にした。掛けるところのないハンガーをハンガーに掛けるというのは、よくあることだ。そこに人の気配はなく、ただ秋の暑さが辺りを支配している。描写にことさら意味を求めないことが、この句に無機的な新鮮さをもたらしている。『文藝春秋』2023年11月号。

  • 水木の実

    10月 11th, 2023

    水木は初夏に真っ白な小花を泡立つように咲かせた後、球形の小さな青い実を結ぶ。実は、秋の初め頃赤みを帯び、10月頃には暗紫色になって、椋鳥などが食べに集まるようになる。

  • 銀杏(ぎんなん)

    10月 11th, 2023

    イチョウの種子のこと。イチョウは、中国原産のイチョウ科イチョウ属の落葉高木。雄木と雌木があり、銀杏ができるのは雌木のみ。晩秋の頃、球形の実が熟して落ちる。外皮は悪臭があり、触れるとかぶれることがある。外皮を除いて、白くて固い木質の殻を割り、中の胚乳と胚を食べる。茶碗蒸しなどに入れる秋の味覚。

  • 芭蕉の推敲(9)

    10月 10th, 2023

    涼しさや海に入れたる最上川 芭蕉                             初案は、元禄2年6月14日、酒田の寺島彦助亭での歌仙の発句。最上川が自らを海に流し入れているとの句意。「涼しさ」は、主人への挨拶の心を込める。彦助亭の座敷は、最上川の河口に面していた。その大景を目にして涼しさを感じたというのは、その時の芭蕉の実感でもあっただろう。暑さの盛りの旅にあって、束の間味わう寛いだ気分も感じられる。

    暑き日を海に入れたり最上川 芭蕉                  前掲の句をこのように改作したのは、『おくのほそ道』の旅後だろう。「暑き日」には、暑い一日の意と暑い太陽の意があるが、この句は、最上川が暑い太陽を海に流し入れたとの意。旅中に見た水平線の彼方に没する夕日の光景が、芭蕉の脳裏に焼き付いていたのだ。自ずから夕暮時の涼味が感じられるが、涼味以上に大河と太陽とが相搏つような自然のダイナミズムが前面に出ている。大河が太陽を海に流し入れたとの斬新な把握には、今日の多くの詩人・俳人も脱帽せざるを得ないだろう。元禄人としてのものの見方の限界を突き破ったといえる。これも辺境への旅の成果だろうか。

←前ページ
1 … 541 542 543 544 545 … 658
次ページ→

WordPress.com Blog.

コメントを読み込み中…

    • 登録 開始日
      • 俳句の庭
      • WordPress.com のアカウントをすでにお持ちですか ? 今すぐログイン
      • 俳句の庭
      • 登録 開始日
      • 登録
      • ログイン
      • このコンテンツを報告
      • サイトを Reader で表示
      • 購読管理
      • このバーを折りたたむ