浴衣は通常寛いで着る夏の家庭着だが、浴衣掛けで盆踊りなどに出かける人も多い。旅先でも寛ぐときも大抵浴衣着だ。
掲句は「日本語教室ボランティア 四句」との前書きがあるアメリカ滞在中の作品。この夏初めて自ら身にまとった藍浴衣を指さして、日本語教室の生徒たちに「これが日本の青」と説明したという。確かに浴衣の藍色は、日本人の我々にとって、郷愁を誘われるような古来からの色合いであり、「日本の青」と言っていい。さり気ない場面の中に、外国人との交流の機微が捉えられている。『俳句』2023年9月号。
浴衣は通常寛いで着る夏の家庭着だが、浴衣掛けで盆踊りなどに出かける人も多い。旅先でも寛ぐときも大抵浴衣着だ。
掲句は「日本語教室ボランティア 四句」との前書きがあるアメリカ滞在中の作品。この夏初めて自ら身にまとった藍浴衣を指さして、日本語教室の生徒たちに「これが日本の青」と説明したという。確かに浴衣の藍色は、日本人の我々にとって、郷愁を誘われるような古来からの色合いであり、「日本の青」と言っていい。さり気ない場面の中に、外国人との交流の機微が捉えられている。『俳句』2023年9月号。
奥羽行脚を終えた芭蕉は、元禄2年9月に大垣から川舟で下り、曾良の伯父精秀法師の寺である大智院に泊まった。伊勢参宮に向かう途中だった。 憂きわれを寂しがらせよ秋の寺 芭蕉 寺に止宿したときの作である。「秋の寺」の「秋」の一字と響き合って、沁みとおるような寂しさが漂う一句だ。しかし、元禄4年には、落柿舎滞在中の『嵯峨日記』では、次の形に改案している。 憂き我をさびしがらせよ閑古鳥 芭蕉 芭蕉は、旧作に飽き足りないものを感じていたのだ。確かに下五が「秋の寺」では説明に堕して平板な作品に終わっている。「閑古鳥」への呼びかけとすることで、閑寂境を求める心境に厚みが生まれた。閑古鳥は郭公の異名。郭公には、閑古鳥、呼子鳥などの異名があるが、この句の場合は閑寂境にあって明るさの中に寂しさを感じさせる閑古鳥の呼称がいい。『嵯峨日記』では、この句が、 山里にこはまた誰を呼子鳥独り住まんと思ひしものを 西行 への共感から成った作である旨を記している。西行の寂しさをあるじとする心境に徹したいとの思いがあるだろう。西行の歌では、閑寂境の妨げになる存在として呼子鳥を登場させているのに対し、この句では、閑寂境に誘い込む存在としての閑古鳥が詠まれているところが面白い。芭蕉が、西行の境地をどのようにして我が物にしていったかが窺える改案だ。
椿の実は夏から秋にかけて紅褐色を帯び、強い艶が目を惹く。大きさは赤子の握り拳ほどだ。
掲句は、長男の結婚を祝しての作。子育て中苦労した時期もあったので、天に感謝したい気持ちが「賜りし」の措辞に出ていると思っている。熟れかけた「椿の実」が惚れ惚れするような色艶を呈していた。令和元年作。
山法師はミズキ科の落葉又は常緑高木。初夏に花を咲かせた後青い実をつける。実は、熟すにしたがって紅熟し、食べるとマンゴーやバナナに似た甘みがある。

俳句で「秋蒔き」といえば、野菜の秋蒔きのこと。大根、蕪、牛蒡、蚕豆などの種蒔きは初秋から仲秋にかけて行う。秋蒔きの時期は、野菜やその品種ごとにそれぞれ適期がある。秋蒔きの野菜は、大根や白菜のように初秋の頃種を蒔き、その年の晩秋から冬にかけて収穫するものもあるが、キャベツのように次の年の春から初夏にかけて収穫期を迎えるものもある。
