立春(2月4日頃)を過ぎ、寒さが緩んでかすかに春の気配を感じること。「春めく」の傍題。春は少しづつやってくる。厳しい寒さの中に日差しの明るさや雪解け、芽吹きなど、春になったことを実感させる小さな変化を見つけた喜びを表現する。

立春(2月4日頃)を過ぎ、寒さが緩んでかすかに春の気配を感じること。「春めく」の傍題。春は少しづつやってくる。厳しい寒さの中に日差しの明るさや雪解け、芽吹きなど、春になったことを実感させる小さな変化を見つけた喜びを表現する。

藍を着て藍匂はせる除夜詣 直人
「除夜詣」は大晦日の夜から元旦にかけて、一年の感謝と新年の無事を祈り、翌年の恵方に当たる神社仏閣に参詣すること。現代では、年が明けてから参拝する「初詣」が一般的になっている。
掲句は住まい近くの産土(うぶすな)の神社に「除夜詣」に出掛ける作者自身を詠んだもの。藍染の作務衣は作者の日常着でもあるが、この夜ばかりは新調の作務衣を着て出かけたのだ。天然藍を発酵させる際に出る藍染特有の匂いは、着古すにつれて薄れてゆくが、新調の藍染には生(き)のままの匂いがある。その匂いに、新年を迎える改まった思いが重ねられている。平成22年作。『風の空』以降の作品。
正月の雪真清水の中に落つ 直人
「正月」は一年の一番初めの月(一月)のことだが、特に三が日や松の内(関東は7日まで、関西は15日まで)が正月気分に浸る期間。新たな年を迎えてのめでたい雰囲気がある。松飾を立て、鏡餅を飾り、雑煮を食べて一年の無病息災を願う。
掲句は自他ともに認める直人の代表作である。作者の自句自解によれば、新年会に山廬を訪れたときの作品であり、当日は、前の晩から降り続いた雪が朝になって止んだという。山廬裏山の湧水といい、降り止んだばかりの雪といい、素材が揃っている中で佳句を得た訳だ。対象との一期一会の出会いを活かせるかどうかが、作句の分かれ道なのだろう。
加えて、この句のポイントは上五の「正月の」にあることを指摘しておきたい。飯田龍太は、この句について、「「真清水」の澄み、まさにここに極まった感がある。」云々と鑑賞しているが、なぜ上五が「一月の」「元日の」ではなく「正月の」なのかについての具体的な言及はない。だが、この句で点睛の働きをしているのは、「正月」という上五に据えられた季語だろう。上五に「正月の」と置いたことにより、句に馥郁とした華やぎが生まれた。白銀の雪の世界に紅を点じたような趣である。この辺りの季語の選択は、一筋縄ではいかないところ。昭和47年作。『日の鳥』所収。
春先に降り、うっすらと積もっても儚く消えてしまう雪のこと。「泡雪」「沫雪」とも表記する。 気温が上がってから降るため、結晶が溶けかかって大きな雪片(牡丹雪)になりやすく、地面や木々に積もってもたちまち溶けてしまう。

主に冬の寒さを防ぐために肩に羽織る毛糸やウール、カシミヤなどの大判の布。防寒やファッションを目的として、和装・洋装問わず用いられる。春先の寒さをしのぐ薄手のものは「春ショール」(春季)。近年は街中で見かけることが少なくなった。
