ヒラタケ科の食用きのこ。晩秋から早春にかけて、主にコナラ、クヌギ、ブナなどの広葉樹の朽木、切株、倒木などに、いくつか重なり合って生える。他の茸より寒い時期に発生することから「寒茸(かんたけ)」の名もある。淡泊な味で癖がなく、さまざまな料理に利用できる。『今昔物語集』には平茸がでてくる逸話がある。なお、歳時記には掲載されていない。

春寒しいまはの際の国ひとつ 龍太
「雲母」平成3年3月号に発表された作品。
「春寒」は早春の頃の寒さのこと。春に半ばは心を寄せていながらも、相変わらず続く寒さ。掲句は春なお寒さの残る中で、「いまはの際の国」の滅びゆくさまを、遠国の一国民として見守っているとの意だろう。当時、ソビエト連邦は多くの共和国から構成されていたが、1991年末、いくつかの共和国が脱退し、中央集権体制が崩壊した。ソ連の崩壊は冷戦の終わりを告げた事件だったが、その後旧ソ連の国々の間で紛争が絶えないことは周知のこと。
山梨の山中に住みながら、当時の国際情勢に無関心ではいられなかった龍太の心の内が窺える作品だ。といっても、この句は句集には収められていない。確かに「いまはの国」と言われても、三十年後の読者には余りピンとこない。時事問題を詠んだ句が陳腐化しやすいことを、龍太は承知していたのかも知れない。
鯛の形をした鉄板の型に小麦粉の生地を流し込み、小豆餡を包んで焼いたもの。一年中販売されているが、寒い中で食べる焼きたての鯛焼は格別だ。最近は中の餡にもバラエティがある。

古茶の木咲いてこの世を見てゐたり 龍太
「雲母」昭和61年12月号に発表され、飯田龍太最後の句集『遅速』からは漏れた作品。茶の花のもつひっそりと咲いて散っていく密やかなイメージとともに、この花の親しみやすさ、懐かしさがよく表れている。作者の生活の傍らに昔から咲いて、それとなく「この世」を見ている茶の花。作者自身も、茶の花にそれとなく見られていることを意識しているのだ。
句集に収められている「茶の花」の句は
茶の花をときに伏眼の香と思ふ 龍太(『遅速』所収)
など全部で4句あるが、掲句は「茶の花」の本情を深いところで摑んでいて捨てがたい味わいがある。この句を句集に収めなかったのは、擬人法を安易に用いたくないとの思いからだろうか。
野山に群生している多くの木々(雑木)が紅葉するさま。名のある木々も名の知られていない木々も一体となって野山を彩る。楓、楢、櫟、欅、山桜などの紅葉が色取り取りに晩秋の野山を染める。
