収穫の後に木に残しておく柿の実や柚子の実、かぼすの実などこと。翌年の実生りへの祈りからとも、小鳥のために残しておくともいわれる。日本人が昔から自然と共生する生活を送ってきた名残でもある。「木守柿(きもりがき)」「木守柚(きもりゆず)」ともいう。

収穫の後に木に残しておく柿の実や柚子の実、かぼすの実などこと。翌年の実生りへの祈りからとも、小鳥のために残しておくともいわれる。日本人が昔から自然と共生する生活を送ってきた名残でもある。「木守柿(きもりがき)」「木守柚(きもりゆず)」ともいう。

今昔のこころゆききす春隣り 龍太
「雲母」昭和63年5月号。
この句には「二月某日、NHK教育テレビ「授業」といへるシリーズのため、母校境川小学校六年生としばしの時を過す。」との前書きがあり、併せ読めば句意は明らかだろう。当時68歳の龍太は、自らが小学生だった頃の自分と目の前の小学生たちを重ね合わせて、改めて経過した歳月の厚みを感じたのだと思う。
「今昔(こんじゃく)」は今と昔の意で、円熟期の龍太が好んだ言葉の一つ。句集『山の木』には〈枯山の月今昔を照らしゐる 龍太〉がある。また、『今昔』は第8句集の句集名でもある。『遅速』に収める作品を自選する際には、既に〈枯山の・・・〉の作があることから、敢えてこの句を選ばなかったのだと思う。確かに、この句に前書きがなければ、作者の思いは伝わるものの、輪郭がやや不明確なところがある作品である。
本来は、冬、脂肪ののった雁、鴨、雉、山鳥、鶫、雀などの野鳥を捕らえて肉を炙ったもの。肉を串にさして、炭火などで炙り焼き塩やたれをつける。現在ではブロイラーの鳥肉を使用し、一年を通し食べられているので季節感は薄れている。

水分などが寒気にあって凝結すること。「凍(い)つ」「冱(い)つ」ともいう。ただし、「凍つ」「冱つ」は凍るように感じられるものにも用いる。例えば、月凍つ、風凍つ、嶽凍つ、鐘凍つ、鼻凍つ、凍晴、凍曇など、より広い対象について寒気の感じを表現するときにも用いられる。また、「凍(し)む」は、こおりつく、寒さで体や心がちぢみ上がるという意味で、「凍(こお)る」よりも自分自身に引きつけた意味合いがある。

今生の色いつはらず寒椿 龍太
「雲母」昭和61年2月号。
「今生(こんじょう)」はこの世に生きている間、この世、現世の意。この句の「寒椿」は目に鮮やかな紅だろう。寒気の中に咲く早咲きの椿の鮮やかさが、作者の心を打った。眼前の「寒椿」だけに対象を絞りその色合いを詠んでいる作品だが、眺めている作者の自らの「今生」への思いも感じられる。自らの半生を振り返り、今後の残された時間を思っているのだ。
この句を句集に収めなかったのは、句集『山の木』所収の昭和48年の作〈偽りのなき香を放ち山の百合 龍太〉が作者の念頭にあったからだろう。詠む対象は異なるが、「偽りのなき」「いつはらず」との措辞の類似を思うとき、後で作られた「寒椿」の句は抹殺すべきと考えたのではないだろうか。