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俳句の庭

  • 豊年や百羽の散らす百の影

    10月 11th, 2024

    「豊年」は五穀一般の実りのよいこと。ことに稲の実りがよいことをいう。「豊年や」と上五に置くとき、眼前に思い浮かべるのは一面に実った稲穂の波だ。

    掲句は一面実った稲田の上を翔ける一群の鳥を描いた作品。どのような心理か習性かは知らないが、鵙などを除き、鳥たちの多くは実りの秋から冬にかけて群れで過ごすようだ。時には群れの中に種類の違う鳥が交じっていることもある。雀など普段は余り目につかない鳥たちも、この時季には気負ったように群がって餌のある所に我先に翔けてゆく。刈田の落穂などを啄んでいるのだ。冬が到来する前の鳥たちの懸命な営みであろう。平成27年作。

  • 秋惜しむ

    10月 11th, 2024

    過ぎ去る秋を惜しむこと。「行く秋」よりも主観のつよい言葉。古来から「春惜しむ」と相対する言葉として、和歌や俳諧で詠まれてきた。季節の中で春と秋は過ぎ去るのが惜しい季節なので「春惜しむ」「秋惜しむ」と言う。一方、「夏惜しむ」「冬惜しむ」は、レジャーが多様化し、避暑・避寒が一般的になった現在では多少の作例が見られるが、季語としての歴史は浅い。

  • 晩稲(おくて)

    10月 11th, 2024

    晩秋に刈取り期を迎える稲のこと。早稲(わせ)、中稲(なかて)に比べて出穂期から完熟期までの期間が長く、短日性で、日の入りが早くなるのを待って成熟する。霜や雪に遭遇することもあり、晩稲刈りの風景は慌ただしく侘しい。

  • 珈琲熱し野山の錦眼裏に

    10月 10th, 2024

    草木が紅葉・黄葉して野山が彩られる、その色彩の美しさを「野山の色」といい、それをさらに強調して「野山の錦」という。古くから和歌等で用いられてきた言葉だが、言葉の綺羅(きら)が前面に出過ぎているためか、歳時記に例句は少ない。

    掲句は週末の一日、秋の山野を歩いた後、喫茶店に立ち寄ってコーヒーカップを手にしたときにできた一句。コーヒーカップの熱さと、たった今目にしてきた「野山の錦」の取り合わせから、好日を独り秋の山野に遊んだ充足感を感じてもらえればいいと思っている。平成26年作。

  • 胡麻菜(ごまな)

    10月 10th, 2024

    キク科の多年草。九州以外の全国の日当たりの良い草地や道端に自生する。比較的寒冷な場所を好み、本州では東北や中部の亜高山などに多い。葉が胡麻(ごま)に似て食用になることからこの名があるという。9~10月に、枝先に多数の花柄を出し白い小さな頭花を散房状に密生してつける。花の後冠毛と呼ばれる綿毛のある種子ができる。なお、歳時記には掲載されていない。

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