天使魚はエンゼルフィッシュの和名。南米のアマゾン川などに生息する淡水魚であり、観賞用に飼われる熱帯魚(夏季)の中でも人気の品種。気性が荒く、自分の縄張りを主張して他の魚を攻撃することもあるという。
掲句は、夜の地震の最中、水槽越しの天使魚と目が合ったとの句意。地震の揺れの中にいて、作者と天使魚は不安を共有しているようにも思えてくる。天使魚は、作者の身辺にいて、夜の時間を共にし心を和ませる大切な存在なのだ。『俳句界』2023年7月号。
天使魚はエンゼルフィッシュの和名。南米のアマゾン川などに生息する淡水魚であり、観賞用に飼われる熱帯魚(夏季)の中でも人気の品種。気性が荒く、自分の縄張りを主張して他の魚を攻撃することもあるという。
掲句は、夜の地震の最中、水槽越しの天使魚と目が合ったとの句意。地震の揺れの中にいて、作者と天使魚は不安を共有しているようにも思えてくる。天使魚は、作者の身辺にいて、夜の時間を共にし心を和ませる大切な存在なのだ。『俳句界』2023年7月号。
膾(なます)は本来、魚・貝・獣などの生肉を細かく刻んだものだが、後に、大根や胡瓜などの野菜を刻んで揉み、生のまま調味酢であえた料理をもさすようになった。瓜膾もその一つで瓜揉(夏季)の傍題。さっぱりした味付けや瓜の歯応えが涼味をもたらす。
掲句は、胡瓜などをその場で刻んで料理する場合でも、持参してきた弁当を広げる場面でもいいだろう。いずれにしても、開放感のある屋外や窓辺での食事風景。暑さが収まっていく夕暮時の風が心地よい。「胸元になじむ」に、女性特有の感性が働いている。『俳壇』2023年7月号。
季節の深まっていく気配を、夏深し、秋深し、冬深しなどという。多分に心理的な要素の加わった季語。「梅雨深し」は既存の季語として歳時記に載っていることは少ないが、梅雨の深まる気配をこの言葉に託することはある。
掲句は、鍵を紛失するなどして開けられなくなった身辺の抽斗(ひきだし)に梅雨の深まりを感じている。おそらくは作者の来し方の思い出が詰まった抽斗なのだろう。作者は、薄れていく記憶の中で、中に何が詰まっていたか気になっている。しかし、今、その抽斗を無理にでも開けて中を確かめたいと思っている訳でもなさそうだ。「梅雨深し」はそのような作者の思いに寄り添う言葉として選び出された。『俳壇』2023年7月号。
「種馬」は 種つけ用の牡馬で、「獣交む」(春季)の傍題。家畜の馬や牛は、野生の獣らに比べると発情期は不明瞭だが、春に種付けが行われることが多い。
掲句の種馬は、競走馬の繁殖のための牡馬だろう。種馬の多くは現役時代に活躍した馬で、種付け時には多額の種付け料がかかるというが、その世話をしたり、種付けのために馬を誘導したり、人工的に管理された中で種付けを行ったりと、日々行われる仕事は地味ものだ。作者はその作業に当たっている一人の朴直な男に目を止めた。〈山賤のおとがひ閉づる葎かな 芭蕉〉を思わせる風趣のある作品だ。『俳壇』2023年7月号。
柳絮(りゅうじょ)は柳の雌花が実を結んで熟し、白い綿毛で覆われた種子となったもの。柳の絮。その散るさまを「柳絮飛ぶ」「柳絮舞ふ」などと表現する。晩春の季語。
掲句は、柳絮が風に舞い飛ぶ「柳絮ふぶき」の奥に踏み入った人が、誰も戻って来ないという。そこにある空虚感、喪失感は遺されたものの心情だろう。単に「柳絮とぶ」「柳絮舞ふ」ではなく、より激しく「柳絮ふぶき」と表現しなければならなかった作者の内面の衝迫を思う。『俳壇』2023年7月号。