「昼寝」「午睡(ごすい)」は夏の昼間に短時間眠ること。酷暑の折は夜も熟睡できず睡眠不足になりがちだ。寝不足や食欲不振などによる体力の消耗を回復するために昼寝をする。
掲句は、人間を遠くに捨てて「午睡」をしたと詠む。ほんの一時の眠りから覚めたとき、眠っている間は人間であることから解放されていたとの感覚があったのだ。目が覚めてしまえば元の己から逃れる術はないのだけれど・・・。何物からも束縛されない眠りというものの本質が鋭く捉えられている。『俳壇』2025年9月号。
「昼寝」「午睡(ごすい)」は夏の昼間に短時間眠ること。酷暑の折は夜も熟睡できず睡眠不足になりがちだ。寝不足や食欲不振などによる体力の消耗を回復するために昼寝をする。
掲句は、人間を遠くに捨てて「午睡」をしたと詠む。ほんの一時の眠りから覚めたとき、眠っている間は人間であることから解放されていたとの感覚があったのだ。目が覚めてしまえば元の己から逃れる術はないのだけれど・・・。何物からも束縛されない眠りというものの本質が鋭く捉えられている。『俳壇』2025年9月号。
「木下闇」は、夏の木々が鬱蒼と茂り、日光が遮られて、樹下が昼とは思えぬ暗さであること。日向から急に木蔭に入るときなどは、特に暗さを感じる。
「木下闇」を形づくる木々の種類を普段は気にすることはないが、細やかに見れば、樹形が様々であるように、樹下に作られる暗がりにも、桜、欅、椎などの木の種類によって濃淡があり、明暗があり、それぞれの印象があるのだろう。掲句は、「さくら」の木蔭に母を、「けやき」の木蔭には父を感じると詠む。「さくら」「けやき」との仮名書きは、すでに故人になった父母に寄せる作者の思いのやわらかさを表している。『俳壇』2025年9月号。
単に「蝶」といえば春の季語だが、「揚羽蝶」は夏に見かけることが多いので夏季に分類されている。その大ぶりな美しさは、夏の季節にふさわしい。黒地に緑の光沢をもつ「烏揚羽(からすあげは)」「烏蝶(からすちょう)」も「揚羽蝶」の一種。
「烏蝶」は、山路を歩いているときなどに、深い森の奥から不意に眼前に現れる。掲句では、木陰から日向に躍り出た「烏蝶」が生き生きと描写されている。「影より黒き」との措辞からは、真夏の日の光が真上からさんさんと降り注ぐ様も想像される。『俳壇』2025年9月号。
「涼し」は夏の暑い最中に思いがけず覚える涼しさをいう。流水や木陰に身を置く涼しさ、急な風雨のもたらす涼しさ、目や耳で感受する涼味など、日常の中で涼しさを感じる場面は様々だ。
掲句は河童(かっぱ)の子の「ちんぽこ」を思い描いての作品。「ちんぽこ」は「陰茎」の幼児語であり、俗称。「ちんぽ」などともいう。河童は想像上の生き物であり、鬼、天狗などと並んで日本に棲む妖怪の一つとされるが、その河童の子の股間に人間の子供と同様可憐な「ちんぽこ」があるという。一読暑気を払ってくれるような楽しい想像だ。『文藝春秋』2025年9月号。
「秋澄む」は秋の澄んだ大気をいう。移動性高気圧が大陸上空の乾燥した冷たい空気を送り込むため、空気が遠くまで澄みわたる。目に映るものだけでなく、耳に入るものの音も澄んで聞こえる。
掲句は目に映じるもの、耳に入るものの音なべて澄んでくる秋のただ中にあって、ゆるやかに過す自らの「晩節」の日々を振り返っている作品。「晩節」は「晩年」と同様の意味だが、「晩節」という言葉には、自ら信じる生き方を貫いてきた矜持が感じられ、そのことがこの句を引き締めている。『俳壇』2025年8月号。