秋の日がたちまち暮れていくさま。秋の落日をまっすぐ井戸に落ちていく釣瓶に譬えて、「秋の日は釣瓶落し」というが、単に「釣瓶落し」だけでも意は十分に通じるだろうとの山本健吉の説に多くの賛同が得られて定着した季語(秋季)。なお、釣瓶とは、井戸で水をくむときに使う、縄を取りつけた桶のこと。

秋の日がたちまち暮れていくさま。秋の落日をまっすぐ井戸に落ちていく釣瓶に譬えて、「秋の日は釣瓶落し」というが、単に「釣瓶落し」だけでも意は十分に通じるだろうとの山本健吉の説に多くの賛同が得られて定着した季語(秋季)。なお、釣瓶とは、井戸で水をくむときに使う、縄を取りつけた桶のこと。

暑い夏だからこそ涼を求め、涼に敏感になることから「涼し」は夏の季語。暑さの中で涼しさを求めるのは人間に限らない。
掲句は夏の最中の猫の動きが見えてくる作品。猫は夏の暑い最中は、日差しを避けて涼しい木蔭や家の陰などに憩っている。飼い主である人間や他の猫に気を遣わずに、自分が居たいところにいる、というのが猫の習性だ。「つと」はある動作を素早く、又はいきなりするさまを表す擬態語で、何物にも束縛されない猫の姿を効果的に描き出す。さらりとした描写だが、暑中の猫の姿が生き生きと表現されている。作者は猫好きの人に違いない。『俳句』2023年10月号。
富士山の初冠雪は、今年(令和5年)は10月5日で、平年より少し遅れた。秋晴の空に初冠雪の富士が鮮やかに浮かび上がる。
下の写真は初冠雪から11日目に撮影したもの。

芭蕉の大きな葉は長さ2メートルにもなり、風雨に遭うと次第に葉脈に沿って裂けてゆく。夏に解き広げられた瑞々しい緑の葉は、やがて破れて痛ましく落莫たる風情になる。その侘びた風情を賞するところに、日本人の美意識の一端がある。

椎の花の心にも似よ木曾の旅 芭蕉 『韻塞』には、「木曾路を経て旧里に帰る人は、森川許六と云ふ。…歩行若党の黒き羽織の裳裾は風に翻へしたるありさま、この人の本意にはあるべからず」との長い前文を付してこの句が掲載されており、元禄6年5月、門人森川許六が江戸から木曾路を経て彦根に帰るときに与えた送別句であることが分かる。仕官公務の旅ながら風雅の侘びを忘れるなとの許六に対する呼びかけの形をとった句。
旅人の心にも似よ椎の花 芭蕉 掲句は、『続猿蓑』に収められた改作。「許六が木曾路におもむく時」との簡明な詞書が付されている。椎の花への呼びかけの形をとり、初案のような訓戒の意は和らげられた。旅人とはこれから旅に出る許六のこと。実際には許六への呼びかけの意は句の後ろにひそめられている。句の意図が露に出過ぎると、内容が底の浅いものになるというのは、現代の実作者も経験することだろう。