楝はセンダン科の落葉高木。暖地の海岸沿いや山地に自生する。実は初めは青いが、晩秋に黄色く熟し、サクランボのように花束状の枝に鈴のように下がる。葉が落ちても梢に果実が残り、鵯などが啄ばむ。栴檀(せんだん)の実、金鈴子(きんれいし)ともいう。


楝はセンダン科の落葉高木。暖地の海岸沿いや山地に自生する。実は初めは青いが、晩秋に黄色く熟し、サクランボのように花束状の枝に鈴のように下がる。葉が落ちても梢に果実が残り、鵯などが啄ばむ。栴檀(せんだん)の実、金鈴子(きんれいし)ともいう。


白露は二十四節気の一つで、陽暦9月8日頃。残暑は相変わらずだが、昼夜の寒暖差で草木に朝露が宿りはじめる。朝晩はようやく過ごしやすくなる。
掲句は、うすうすと赤らみはじめた朴の実を仰いだとき、花が咲き終わってから経てきた夏の日々に感慨を覚えての作品。朝晩の涼しさに秋の到来を実感する頃だ。朴はモクレン科モクレン属の落葉高木。初夏に黄白色の花を開いた後、赤みがかった実を結ぶ。令和4年作。
草は、花の終わった秋にそれぞれの実をつける。穂になるもの、莢になって弾けるもの、人や獣について移動するものなど、形態は様々だ。

晩秋の朝方寒さを感じること。秋が深まってくると、日中は寒さを感じないが、日中との寒暖差で、朝や晩は肌寒さを感じることが多い。

昨日からちよつちよと秋も時雨かな 芭蕉 元禄7年9月作。当時芭蕉は大坂に滞在していた。「ちよつちよと」は間を置いて同じことが何度も繰り返されるさまを表す擬態語。俗語調の軽みを狙った作品だが、やや浅薄・軽薄に陥っていることは否めない。『笈日記』にはこの初案と次に掲げる句形が併出されているが、芭蕉本人がこの句を公表する意思があったとは思えない。芭蕉の遺吟・遺文を集めて支考が編んだ同書が、下書き段階のものを含む玉石混交だったことを示すものだ。
秋もはやばらつく雨に月の形 芭蕉 この改案については、各務支考著『追善之日記』に「此句の先昨日からちよつちよと秋も時雨哉といふ句なりけるを、いかにおもはれけむ、月の形にはなしかへ申されし」とある。元禄7年9月19日、大坂の其柳亭での夜会に臨んで、以前から用意してあった初案の句に手を加えたものと思われる。この句を発句として其柳、支考、酒堂らと八吟歌仙が巻かれた。「ばらつく」も「ちよつちよと」と同様俗語だが、晩秋のもの寂びた季節感が滲みでている。陰暦9月19日頃の次第に細くなる月の形にも、寂寥の感がある。なお、この擬態語は「はらつく」と濁らずに読むとの説もある(安東次男)。いずれにしても、擬態語が句の成否を決めた実例の一つだ。