秋に咲く薔薇のこと。四季咲きの薔薇は、初夏の花の盛りを過ぎた後、10月上旬に再び開花時季を迎える。一季咲きの薔薇でも、秋になって疎らに返り咲くものもある。初夏の薔薇ほどの勢いや華やぎはないが、やや小ぶりで色に深みがある。

秋に咲く薔薇のこと。四季咲きの薔薇は、初夏の花の盛りを過ぎた後、10月上旬に再び開花時季を迎える。一季咲きの薔薇でも、秋になって疎らに返り咲くものもある。初夏の薔薇ほどの勢いや華やぎはないが、やや小ぶりで色に深みがある。

秋は、春と並んで旅に好適な季節だ。空は高く、水も大気も澄み、田畠や山野は実りの季節を迎える。紅葉の美しさに誘われるのもこの時季だ。
掲句は今まで経験してきた長旅や日帰りの小旅行を含め、さまざまな秋の旅が心に残した印象を言い留めた作品。特定の旅行を念頭にしている訳ではないが、かつて千曲川沿いを源流へと遡ったときのことが脳裏にあったようだ。平成21年作。『春霙』所収。
中国原産のヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。北海道、東北以外の日本全国に自生し、田畑の縁、堤防、墓地などに群がり生える。別称は彼岸花。秋の彼岸の頃、鱗茎から花茎を出し、朱赤色の花を輪状につける。雄しべがいちじるしく突出するのが特徴。花や茎が枯れた後、冬に深緑色の葉を出して翌年春に枯れる。曼殊沙華は天界に咲く赤い花を表す梵語。


秋の日は、秋の一日にも、秋の太陽の光にもいう。秋の前半は依然として強い光で地上を照り付けていた太陽も、秋が深まるにつれて徐々に高度を下げ、日差しが柔らかになってくる。
掲句は秋の日差しを「莞爾(かんじ)と」と形容したことがポイント。「莞爾」は、にっこりと笑うさま、ほほえむさまを表す。夏の頃の烈日が、ようやく人に優しい笑みを投げかける「秋の日」になったことへの安堵感が窺える。同じ意味だが、〈にっこり笑う〉と表現したのでは俗に落ちるところだ。令和3年作。『時の影』所収。