立春以降、暖かくなりかけた後再び冬のような寒さが戻ってくること。生き生きとした寒さの中で、空気が澄み渡り、ものの光や音が鮮やかに鋭く感じられる。3月中旬頃までの季節の変わり目の寒さの感覚である。なお、「冴ゆ」といえば冬の季語。

立春以降、暖かくなりかけた後再び冬のような寒さが戻ってくること。生き生きとした寒さの中で、空気が澄み渡り、ものの光や音が鮮やかに鋭く感じられる。3月中旬頃までの季節の変わり目の寒さの感覚である。なお、「冴ゆ」といえば冬の季語。


干し魚は冬の乾燥や寒さを利用して作られるものが多く、春先の魚売り場を賑やかにする。イワシを干した「目刺」「頬刺」やカレイを干した「干鰈」はいずれも春の季語。一方、サバを背開きにして塩漬けにし、2尾を刺し連ねて一刺とした「刺鯖」は秋の季語になっているが、サバの干物全般は季語にはなっていない。なお、スルメイカを干してするめを作る「烏賊干す」は秋の季語。
「春風」は春に吹く暖かく穏やかな風のこと。草木の芽を育み、鳥などの生き物の活動を活発にする。
掲句は「春風」とすれ違った作者が、ふり返ってその行方を眺めていると詠む。風は目に定かに見えるものではないが、確かに今すれ違ったのは「春風」の感触だった。五体に受けた風に春の感触を感じ取った作者は、その一瞬の感受を、自らの何気ない動作に即して表現したのだ。「寒風」や「北風」では、ふり返る余裕は生まれない。『俳句四季』2026年3月号。
樹液滴り八方に霞立つ 直人
霞(かすみ)は春の山野に立ち込める水蒸気のこと。遠景がぼんやりと霞み、万物の姿がほのぼのと薄れて穏やかな春の景色となる。夜間の同じ現象が「朧」。
掲句は、剪定後の枝の切口から樹液の滴る情景を詠んだ作品。一時期葡萄栽培に勤しみ、葡萄畑の中に居を構える作者には、日常見慣れた光景だっただろうが、指を濡らす程の樹液がぽたぽたと落ちている様は、毎年新鮮な感銘を作者に与えていたのだと思う。切口から滴る樹液は近景、八方に立つ霞は遠景であり、一句は遠近の景物を織り込んで、甲府盆地の春の到来を実感させる。昭和47年作。『日の鳥』所収。
立春を過ぎた日の朝。冬の寒さが和らぎ、心穏やかで心地よい陽気を感じる朝である。「春暁(しゅんぎょう)」が夜明け前の薄暗い時間帯、「春曙(はるあけぼの)」が日の出前の空が明け白んでくる時間帯を指すのに対し、「春の朝」は輝くような太陽が四辺を明るく照らす。雨の降っているしっとりとした朝、霞みがかっている朝などもそれぞれれ趣がある。
