寺院で普段閉ざされている厨子(ずし)を開き、秘仏や霊宝を公開して参拝者に拝ませること。「御開帳」ともいう。気候のよい春先に行われることが多い。また、「出開帳(でかいちょう)」は秘仏などを別の場所へ運び出して公開することで、江戸時代に庶民の娯楽や信仰の対象として盛んに行われた。

寺院で普段閉ざされている厨子(ずし)を開き、秘仏や霊宝を公開して参拝者に拝ませること。「御開帳」ともいう。気候のよい春先に行われることが多い。また、「出開帳(でかいちょう)」は秘仏などを別の場所へ運び出して公開することで、江戸時代に庶民の娯楽や信仰の対象として盛んに行われた。

道うるほへり桃の花したがへり 直人
「桃の花」は桜より少し遅れて、3月下旬から4月上旬頃に淡紅色の花を咲かせ、春の訪れを告げる。明治の改暦以前は、雛祭に飾られる花であった。
掲句は、作者の郷里の果樹園の桃の花を詠んだ作品。雨でしっとりと潤った道や四辺に溶け込むように咲いている桃の花が、本格的な春の到来を思わせる。「したがへり」との擬人化表現により、桃の花の優しさや豊かさが無理なく読者に伝わるところがいい。因みに、直人の既刊6句集に収められている桃の花の句は計30句。直人が愛着した句材の一つだった。この句はその中でも初期の秀作である。昭和46年。『帰路』所収。
「春ショール」は春先のまだ少し寒さが残る時期に、防寒やお洒落を兼ねて肩に羽織る、薄手のウールやシルク素材のショールのこと。冬の厚手のショールとは異なり、軽やかで明るい色彩が春の訪れを感じさせる。
掲句は、潮風に解けて靡く「春ショール」を詠む。春になって日差しの力は増したが、依然として冷たい風が吹いている砂浜を想像したい。折からの風で肩を包んでいる「春ショール」が飛ばされそうになるのを手で押さえているのだろう。「春ショール」は、惜し気もなく周りに明るい春の色合いを撒き散らしているのだ。『俳句界』2026年3月号。
「葱」は中国原産のユリ科ネギ属の多年草。古い時代に日本へ導入され、栽培されてきた。品種改良にともない多くの種類があり、葱苗を植え付ける時期はネギの種類により異なる。長ネギは3~4月に苗を植え、冬に収穫するが、万能ネギなどの葉ネギの植え付け時期は主に秋になる。このようなこともあって、「葱苗植う」が春の季語として定着しているとはいえない。

末黒野を風押してくる在所かな 直人
「末黒野(すぐろの)」は野焼きが終わり、草木が焼けて黒々となった野原のこと。草木が芽吹く前の、黒々と焼け焦げた寂しい風景だが、どことなく生命の息吹が感じられる。
掲句は、春先の野焼きが終わった後の在所を詠んだ作品。「在所」は生まれ育った故郷のこと。誰にもある生家、実家というもののもつ懐かしさ、暖かさが感じられる言葉だ。作者に即して観賞すれば、野焼きが終わった後の日川(にっかわ)の河川敷を、冷たい八ヶ岳颪が吹き荒んでいるのだ。春になったといっても、甲府盆地の北西風は衰えることを知らない。「押してくる」は、そうした風土の手強さを身体全体で受け止めての言葉だろう。平成11年作。『矢竹』所収。