「鷹」はタカ科の野鳥で、日本で見られるのはクマタカ、オオタカ、ノスリ、トビ等。肉食性で、哺乳類や両生・爬虫類、昆虫類等を捕食する。全国の低地から山地の林内で繁殖し、主に留鳥として分布する。このうち「大鷹」は人里近くの雑木林などにも棲む。羽の色が青みがかった灰色をした鷹を意味する「蒼鷹(あおたか)」に由来する名であり、大きさはトビよりも小さく、中型の鷹に属する。鷹狩に使われているのは主にこの鳥である。「鷹」の傍題。

「鷹」はタカ科の野鳥で、日本で見られるのはクマタカ、オオタカ、ノスリ、トビ等。肉食性で、哺乳類や両生・爬虫類、昆虫類等を捕食する。全国の低地から山地の林内で繁殖し、主に留鳥として分布する。このうち「大鷹」は人里近くの雑木林などにも棲む。羽の色が青みがかった灰色をした鷹を意味する「蒼鷹(あおたか)」に由来する名であり、大きさはトビよりも小さく、中型の鷹に属する。鷹狩に使われているのは主にこの鳥である。「鷹」の傍題。

一群の鳥やや高き薄暑光 直人
「薄暑(はくしょ)」は、初夏の頃のやや汗ばむほどの暑さをいう。本格的な暑さが到来する前の、軽やかな心地よさがある。大正時代に定着した感覚的な季語。この時季の透明感のある光や鮮明な物の輪郭に焦点を当てる場合、「薄暑光(はくしょこう)」という。
掲句は、初夏の透き通るような日差しの中で、頭上を越えていく「一群の鳥」を仰いでの作品。鳥たちの飛んでいく高度が、常に見慣れている飛翔よりやや高いとの感受は、折りからの「薄暑光」の中でくっきりと浮かび上がる。それは、鳥たちの飛翔を常に見慣れているからこそ感受できたものだろう。土着者の目がさり気なく生きている作品。昭和47年作。『日の鳥』所収。
櫟(くぬぎ)はブナ科の落葉高木。山地や林に自生する。花は雌雄別で、晩春初夏の頃、雄花は小さな黄褐色の花を穂状に垂らし、雌花は小さな赤い花を葉の付根に咲かせる。受粉した花は、秋には団栗(どんぐり)として熟す。

俳句で「仏の座」といえば食用になる春の七草の一つで、新年の季語として歳時記に掲載されている。キク科の越年草で、標準和名コオニタビラコ。地面に葉がロゼット状に平らに広がる様子が、仏様の台座(蓮華座)のように見えることからこの名がある。沖縄を除く全国の田畑等に自生する。
一方、春になると野や田畠などで目につくのはピンク色の小さな花を咲かせるシソ科の仏の座(写真)。こちらも葉の形が仏様の台座を思わせる。別名「三階草(さんがいぐさ)」。
「三階草」は、上記の2種類の草の混同を避けるため、かつて牧野富太郎博士が提案した命名だったが、現在のところ、あまり一般に普及していないようだ。
全く異なる2種類の草に同じ名前がつけられて、それぞれが定着しているのは、作者・読者ともども不便なことである。私たちは、文脈や季節などにより、それらを使い分けていくことになる。言葉というものの不完全さを示す一例といえる。

蝸牛桜は雲の湧く木なり 直人
「蝸牛(かたつむり)」は陸生の巻貝の一種で、2本の角を出し、木や草をゆっくりと這う。湿気を好み、梅雨の頃に葉陰などで見かけることが多い。
掲句は、梅雨の頃、鬱蒼と葉を茂らせた桜を詠む。「蝸牛」と大木の桜とは、両者相俟って梅雨どきの鬱勃たる季節の様相を現わす。「蝸牛」は、季節感を明確にして景を引き締める点景であり、加えて、故郷に定住土着する作者の分身でもあるだろう。昭和46年作。『帰路』所収。