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俳句の庭

  • 桜人(さくらびと)

    3月 31st, 2026

    桜の花を愛でる人、花見客、又は桜のように美しい人のこと。桜を求めて訪れる人、桜に酔いしれる人など、桜に関わる人々を包括した表現。「花人(はなびと)」「花見人」ともいう。

  • 風花や言の葉降るを待ちながら 堀切克洋

    3月 30th, 2026

    「風花」は冬の晴天時に山間部などの雪雲から風に舞ってちらちらと降ってくる雪片のこと。上空の強い風が、山越えの雪雲から雪を運んでくる。

    掲句は、「言の葉」が降ってくるのを待ちながら、「風花」を仰いでいるとの句意。「言の葉」は「言葉」とほぼ同義だが、特に詩的な表現に用いる「言葉」。自らによき「言の葉」が降って来て欲しいというのは、詩を志す人の誰もが願っていることだろう。詩は天から賜るものと言われるが、作者も、「風花」のように「言の葉」が自らに降って来て欲しいと念じているのだ。『俳句界』2026年4月号。

  • 西洋たんぽぽ

    3月 30th, 2026

    「蒲公英(たんぽぽ)」は、キク科タンポポ属の多年草の総称。カントウタンポポ、カンサイタンポポ、シロバナタンポポなどの在来種のほか、セイヨウタンポポ、アカミタンポポなどの外来種がある。このうちセイヨウタンポポはヨーロッパ原産の多年草。明治初期にアメリカ経由で野菜や飼料として日本に導入された。その後日本全国に定着し、近年道端や野原で見かけるのはほとんどがセイヨウタンポポ。日本在来のタンポポが春にしか咲かないのに対し、セイヨウタンポポは生命力が強く一年中花を咲かせる。「蒲公英」の傍題。

  • 石鹸玉(しゃぼんだま)

    3月 30th, 2026

    石鹸水をストローの先につけ、息を吹き込んで泡を膨らませる遊び。日差しを受けて七色に輝きながら中空を漂い、やがて儚く消えてしまう様は、春らしいのどかな光景である。「風船」「ぶらんこ」「風車」などとともに、本格的な春の到来を感じさせる遊びである。江戸時代には、ムクロジの実を煎じた液などが使われていた。

  • 探梅の身のうちにかすかなる飢ゑ 日下野由季

    3月 29th, 2026

    「探梅(たんばい)」は立春前のまだ寒さの厳しい時期に、春の兆しを求めて山野へ早咲きの梅を探しに行くこと。満開の梅を楽しむ「観梅(かんばい)」とは異なり、一輪、二輪の梅を探す趣がある。

    掲句は「探梅」の最中に、身の内に飢えを感じたとの句意。「飢ゑ」は、空腹を感じることのほか、切望するものが満たされない精神的な飢えをも意味する。作者が感じているかすかな「飢ゑ」は、日中山野を歩き回ることによる空腹とも取れるが、作者の内面にある表現者としての「飢ゑ」でもあるだろう。詩の表現への「渇き」と言ってもいいように思う。「探梅」の句としては異色の作品。『俳句』2026年4月号。

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