2月下旬から3月上旬にかけて、冬に眠っていた木の芽を芽吹かせるように降るしとしととした雨。その時期に吹く風や、芽吹きを助ける気象現象全般を指すこともある。かつて徳島県などで用いられていた言葉で、一般的には「木の芽雨」と呼ばれる。なお、手元の歳時記には掲載されていない。「木の芽」の傍題と考えていいだろう。

2月下旬から3月上旬にかけて、冬に眠っていた木の芽を芽吹かせるように降るしとしととした雨。その時期に吹く風や、芽吹きを助ける気象現象全般を指すこともある。かつて徳島県などで用いられていた言葉で、一般的には「木の芽雨」と呼ばれる。なお、手元の歳時記には掲載されていない。「木の芽」の傍題と考えていいだろう。

「八月」は立秋を迎え、暦の上では夏から秋へと季節が変わる月。実際にはしばらく暑い日が続くが、盂蘭盆を過ぎる頃から暑さは盛りを越え、徐々に秋の気配が濃くなってゆく。原爆忌や終戦記念日、盂蘭盆など、過去を振り返ることが多い月でもある。
掲句は、一年の12カ月の中で、「八月」が「錨」だという。「錨」は船舶を停止させるため、鎖やロープを付けて海底に沈める鉄製器具。風や潮流で船が流されるのを防ぐ命綱の役割を果たす。確かに、先の大戦に関わる原爆忌や終戦記念日などは、この国や個人個人の今後の歩みを考える上で、忘れてはならない出来事。それらが巡ってくる「八月」は、特別な月に違いない。異色な作品だが、俳句を作らない人も含めて、大方の賛同を得られるのではないか。『俳句界』2026年4月号。
「秋茱萸(あきぐみ)」は、グミ科の落葉低木。単に「茱萸」といえば「秋茱萸」のこと。全国の山野や川原などに自生する。晩春から初夏に、白~薄黄色の小さな筒状花を咲かせる。秋には実が朱色から赤色に熟するが、渋味があって生食には向かない。なお、大方の歳時記には掲載されていない。

「通草(あけび)」はアケビ科の蔓性落葉低木。全国の丘陵地、山地の林縁などに自生する。雌雄同株で、晩春の頃若葉の脇に薄紫の雄花と雌花が房のように咲く。単に「通草」といえば、秋に熟する楕円形の実を指し、秋の季語。

赤子眠りて繭臭き灯に染まる 直人
「繭」は蚕の作る繭のことで、特に春蚕の作った繭を指す。絹の原料になる。養蚕農家は、生繭を日に干したり、糸をとるために繭を煮るたりするなど、多忙を極める。
掲句は、「繭臭き灯」が、養蚕農家の繁忙期を彷彿させる作品。家人の目のとどくところに、赤子を眠らせているのだ。繭を煮る生臭い臭いの中に、蚕室の灯が夜遅くまでともり、そこに寝かされている赤子をも染めている。「繭臭き」との措辞を見出したのは、土着者の感性。昭和50年作。『日の鳥』所収。