日本を含む東アジア地域原産のキジカクシ科アマドコロ属の多年草。全国の山地や原野の林の中に広く自生する。5〜6月にかけて緑白色の小さな釣鐘状の花を数個まとめて下垂させる。花が並んで垂れ下がる様子が、田畑の害鳥を追い払う道具〈鳴子(なるこ)〉に似ていることからこの名がある。「百合」の名が付いているがユリ科ではなく、キジカクシ科に属する植物。なお、手元の歳時記には掲載されていない。

日本を含む東アジア地域原産のキジカクシ科アマドコロ属の多年草。全国の山地や原野の林の中に広く自生する。5〜6月にかけて緑白色の小さな釣鐘状の花を数個まとめて下垂させる。花が並んで垂れ下がる様子が、田畑の害鳥を追い払う道具〈鳴子(なるこ)〉に似ていることからこの名がある。「百合」の名が付いているがユリ科ではなく、キジカクシ科に属する植物。なお、手元の歳時記には掲載されていない。

「春眠」は、春の長閑(のどか)な陽気の中で、いつまでも快い眠りを貪ること。中国・盛唐の詩人である孟浩然(もうこうねん)の漢詩の一節「春眠暁を覚えず」に由来する言葉。
掲句は、春眠のただ中を、巨船が通り過ぎたとの句意。眠っている最中のことだから、確かにその形を目にしたというよりも、巨船とおぼしき大きな塊が通り過ぎたというほどの意味合いだろう。覚醒三分眠り七分ほどのうつらうつらとした春眠の心地よさを乱すことなく、巨船は音もたてずに通り過ぎていった。虚実皮膜の境地である。『俳句四季』2026年6月号。
「郁子(むべ)」は、アケビ科の常緑蔓性木本。晩春から初夏にかけて、下向きのベル状の白い花を咲かせ、秋には熟しても裂けない卵型の果実をつける。
掲句は「ぎんねずの雨」の降る中、暮れていく郁子の花を詠む。「銀鼠(ぎんねず)」は、銀色のようなほんのりとした青みを含んだ明るい灰色。日本人の繊細な色彩感覚を思わせる伝統色の一つ。暮れかかっても中々暮れない晩春の夕暮れ、ほんのりとした暮色の中を降り続ける雨を、作者は「ぎんねずの雨」と表現した。雨に濡れながら白々と暮れ残る郁子の花が、夕暮れどきの深沈とした情感とともに見えてくる。『俳句四季』2026年6月号。
北米・ヨーロッパ原産のオトギリソウ科ヒペリカム属の多年草。園芸品種が日本に導入されたのは昭和以降。初夏の頃、鮮やかな黄金色の花を咲かせる。中央から長いおしべが繊細に広がるのが特徴。花が咲き終わると、ツヤのある丸い実が生る。歳時記には掲載されていないが、日本原産の「弟切草(おとぎりそう)」(秋季)や中国原産の「金糸梅(きんしばい)」(夏季)、「美女柳(びじょやなぎ)」(夏季)と同様オトギリソウ科の植物。

本格的な梅雨の前に、先駆けて雨が降り続くこと。そのまま梅雨入りすることもあり、天気が回復して晴れの日が続くこともある。「迎え梅雨」と同じ意味だが、やや情緒的で落ち着いた印象を与える「迎え梅雨」に対して、「走り梅雨」には、本格的な梅雨が少し早足でやってきたような躍動感がある。
