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俳句の庭

  • 廣瀬直人の一句(9)

    2月 20th, 2026

    青空の南に日ある斑雪かな 直人

    「斑雪(はだれ)」は降り積もった雪が解けかかって、斑(まだら)模様に残っている状態をいう。春にまばらに降る雪を指すこともある。冬の雪とは異なり、降ってもしぶとく残ることはなく、間もなく消えてゆく。

    掲句は春に雪が降った後の快晴の空を詠む。夜間にひとしきり雪が降ったものの、翌日の太陽の直射を受けて、雪は野や畑に斑に解け残っているのみ。空は雪に洗われて抜けるように青く潤い、その南寄りを日が渡っていく。必ずしも甲斐の地形や風土を念頭にする必要はないだろう。天地の運行と季節の歩みを単純に、ダイナミックに詠んだ一句だ。平成18年作。『風の空』所収。

  • 出づる蟲みな炯炯と眒ける 高橋睦郎

    2月 19th, 2026

    「蟲出づ」は「地虫穴を出づ」(春季)の傍題と考えていいだろう。春、土中に冬眠していた虫が穴から出てくる。虫と言っても、アリなどの昆虫に限らず、カエルやヘビなど冬の間土中に眠る様々な生き物が含まれる。「蟲」は「虫」の旧字体で、小さな生き物が集まっているイメージがある。

    掲句は、春になって穴から地上に出てくる虫たちが、みな目を炯炯(けいけい)と眒(みひら)いていると詠む。炯炯は目などが鋭く光る様。地上に出てきたどの虫も、外敵をいち早く察知し、また、獲物を捕らえるために目を光らせているのだ。作者が想像した虫たちの姿だが、一読、さもありなんと思う。ひと度地上に出た虫たちには、弱肉強食の修羅の現実世界が待っているのだ。地上に現れた昆虫などの、黒々と漆びかりのする目が見えてくる。『俳壇』2026年3月号。

  • 雛の燭(ひなのしょく)

    2月 19th, 2026

    3月3日の雛の日に雛壇の左右に飾られる雪洞(ぼんぼり)や蝋燭(ろうそく)などの明りこと。夜の雛壇の、少し幻想的で厳かな雰囲気を感じさせる。「雛祭」の傍題。「雛祭」は女児の健やかな成長を願って行われる行事。雛人形を飾り、白酒や雛あられをふるまって祝う。

  • 廣瀬直人の一句(8)

    2月 19th, 2026

    夕暮は雲に埋まり春祭 直人

    「春祭」は春に行われる祭のことで、本来は農耕の開始に当たって、田の神を迎え、その年の豊かな収穫を祈る予祝(よしゅく)の祭であった。単に「祭」といえば夏の季語。

    掲句は郷里の春祭を詠んだ作品。作者は「子供の頃から最も身近なのは甲斐一之宮という別称のある浅間神社の祭礼」だと、自句自解で記している。折から菜種梅雨の時節でもあり、祭の終わる頃は雲に覆われるという。「雲に埋まり」の措辞は祭そのものの描写ではないが、地域に根ざした春祭のもつ土臭さや温かみ、懐かしさを引き出している。「正月の」の句とともに、作者の初期の代表作と言っていいだろう。『帰路』所収。昭和41年作。

  • 廣瀬直人の一句(7)

    2月 18th, 2026

    花衰ふる紅梅に尉鶲 直人

    「紅梅」は紅色の花を咲かせるウメのことで、多くの品種がある。白梅より少し遅れて咲き始め、艶やかで親しみのある色合い。春先の冷たい空気の中で、ようやく春が訪れた華やぎが感じられる。

    掲句は咲き闌けて花が衰え始めた「紅梅」に来た尉鶲を詠む。尉鶲は雀くらいの大きさで、腰と尾が錆赤色の美しい冬鳥。「花衰ふる」との措辞には、紅梅の咲き始めから咲き終わりまで、花に注がれてきた作者の旬日にわたる懇ろな眼差しが思われる。また、身辺に華やぎをもたらした花の名残を惜しむ作者の思いも、そこはかとなく伝わってくる。尉鶲もまた、紅梅の名残を惜しんで枝に来ているのかも知れない。昭和53年作。『朝の川』所収。

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