「去年(こぞ)」は年が改まった後で振り返る去年のことで、過ぎ去った年を惜しむ新年の季語。一方、「今年」は旧年が去り、やってきた新しい年のことで、年がすでに改まった新年の季語。また、大晦日の一夜にして去年と今年が入れ替わることを「去年今年」という。
掲句は新年を迎えた朝、近くの川べりを歩いていての作品。川の「せせらぎ」にも新たな年を迎えた新鮮な響きがこもっているように思えた。と同時に、過ぎ去った年の名残の音のようにも思えた。一夜で去年と今年が入れ替わったことに、新たな感銘があった。令和7年作。
「去年(こぞ)」は年が改まった後で振り返る去年のことで、過ぎ去った年を惜しむ新年の季語。一方、「今年」は旧年が去り、やってきた新しい年のことで、年がすでに改まった新年の季語。また、大晦日の一夜にして去年と今年が入れ替わることを「去年今年」という。
掲句は新年を迎えた朝、近くの川べりを歩いていての作品。川の「せせらぎ」にも新たな年を迎えた新鮮な響きがこもっているように思えた。と同時に、過ぎ去った年の名残の音のようにも思えた。一夜で去年と今年が入れ替わったことに、新たな感銘があった。令和7年作。
スズキ目イサキ科の磯魚。漢字では「伊佐木」などと表記する。主として宮城県〜九州南岸の太平洋沿岸に生息する。地方によってイサギ、イセギ、イッサキなどとも呼ばれる。体長45センチにも達する。体形はやや細長い紡錘形。背にある暗褐色の縦縞は成長につれて薄れ、緑褐色や茶褐色の体色に変化する。産卵前の晩春から夏にかけてが脂がのって特に美味。この時季のものは「梅雨いさき」「麦わらいさき」とも呼ばれる。

風に舞い飛ぶ花びらを吹雪に譬えた言葉。爛漫と咲き盛る花は、折りからの季節風に吹かれて、惜し気もなく散ってゆく。水面に連なり流れる姿は「花筏」、散った花びらは「花屑」。いずれも「落花」の傍題。

「薄暑(はくしょ)」は初夏の頃のやや汗ばむほどの暑さのこと。大正3年の『俳句季寄せ』が初出といわれ、比較的新しい季語。「軽暖(けいだん)」は「薄暑」の傍題。「薄暑」「軽暖」はほぼ同じ意味だが、言葉のニュアンスは若干異なる。「薄暑」には、やや汗ばむ暑さの中に身を置く軽い倦怠感がある。一方、「軽暖」には、身も心も軽くなる夏という季節を迎える喜びがある。夏を迎えた木々は緑を深め、日差しも眩しくなり、屋外で過ごすことも多くなる。
薄暑はや日蔭うれしき屋形船 虚子 軽暖の日かげよし且つ日向よし 〃
手元の歳時記の例句は、この2句に始まっている。いずれも『六百句』所収。同句集は昭和11年から15年までの作品を収める。中でも、「軽暖」の句は初夏の頃の季節感をさらりと捉えて卓抜だ。いかにも虚子らしい一句といえる。「薄暑」「軽暖」は、こうした虚子の句を通して定着していったのだろう。
初夏の頃の季節感の明暗を捉えた言葉として、「薄暑」「軽暖」を使い分けながら今後も作句していきたい。