藺(い)はイグサ科の多年草。山野、湿地に自生するほか、水田などで栽培される。5、6月頃、茎の先端に花穂をつけ、緑褐色の小花を密に咲かせる。茎は筵や畳表の材料になる。別名「燈心草」。

藺(い)はイグサ科の多年草。山野、湿地に自生するほか、水田などで栽培される。5、6月頃、茎の先端に花穂をつけ、緑褐色の小花を密に咲かせる。茎は筵や畳表の材料になる。別名「燈心草」。

「山開き」は夏山のシーズンの初めに、その年の登山の安全を祈願して各山で行われる儀式のこと。昔の登山は信仰行事だったので、霊峰には夏季の一定期間以外は登ることを禁じられていた。その禁を解くのが「山開き」。それは古来から卯月八日であることが多かった。一方、現在では、上高地のウェストン祭をはじめ、いずれの山開きも観光・登山シーズンの始まりを告げるイベントとなっている。
「山開き」が季語として句に詠まれるようになったのは江戸時代中期以降とされるが、手元の歳時記に掲載されている例句はいずれも戦後のもの。「山開き」は山岳信仰からスポーツとしての登山シーズンの始まりを告げるイベントに変化したが、例句は山岳信仰の味わいを残しているものが多い。
神官の背を雲這へり山開き 岡田日郎
「山開き」は「祭」「花火」などとともに古くて新しい季語だが、現代的な光景を写し取るだけでなく、山岳に対する敬虔な思いが底流にないと、佳句とはなり難いように思う。
苗床で育った苗木を移し植えること。3月から4月にかけて行われる。松、檜、杉のほか、観賞用の庭木や果樹なども、比較的雨が多いこの時季に苗木を植える。それぞれの木の名を用いて「杉植う」「梅植う」などともいう。

春になっても火のある暖炉。寒冷地や標高の高い山間部、高原のリゾート地などでは、春になっても、朝晩の冷え込むときなどに暖炉を焚く。使われなくなってもまだ片付けられずにある暖炉も「春暖炉」という。単に「暖炉」といえば冬の季語。

「氷河」は長い年月にわたって氷や雪が堆積、圧縮されてできる氷の巨大な層。重力によって徐々に移動している。その涼しげなイメージから夏の季語になっている。
日本には「氷河」はないことから、「氷河」の句は海外詠か想像により詠んだものになる。手元の歳時記には目ぼしい作品はない。 大氷河神の鋸もて切らん 山口波津女 など、どこか観念的で、想像のみに頼った弱さが露呈している作品が多い。
数年前、ニュージーランド最高峰のマウントクック(マオリ語ではアオラキ)の山麓で斜面のフッカー氷河を仰ぎ見たことがある。キャンプ場から木道や吊橋が続き、がれ場を辿っていくと、目の前にマウントクック斜面のフッカー氷河が聳え立った。その間、谷川を流れ下る白濁した雪解水の轟きが耳を離れなかった。原初の地球を思わせるような荒々しい自然に接した記憶が今も生々しく残っている。
その時の作品は『郭公』に特別作品として掲載できたが、鮮烈な自然相に接した成果としては質・量ともに十分なものではない。意欲が空回りしてしまう海外詠特有の難しさもあるようだ。