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俳句の庭

  • 十月やもつとも遠き空に富士

    8月 24th, 2025

    「十月」は暑くもなく寒くもなく過ごしやすい月。月の初めは秋の長雨が続くことがあるが、月の後半は天気も安定し朝晩は気温も下がってくる。野山に紅葉が始まり、稲や果物など農産物が収穫時期を迎える。

    掲句は秋が深まるにつれて大気が澄み、くっきりと姿を見せる富岳に、「十月」に対する感慨を重ねた作品。「十月」は極暑の関東平野に住む者にとって、暑さから解放される好季節だ。それまで見えなかった遠い山並みが、克明に姿を現す。加えて、「十月」は、飯田蛇笏の忌日(10月3日)が巡ってくる月でもある。朝の散歩のときに、富士を遠望しながら何気なくできた作品だが、蛇笏に対する遥かなる思いが、この句の背景にあると思っている。令和6年作。

  • 飯蛸(いいだこ)

    8月 24th, 2025

    マダコ科の小型の蛸(たこ)。北海道南部を北限として日本近海で捕れる。体にいぼ状の突起があり、体色は周囲の環境により変化する。春の産卵の時期に、体内がご飯粒のような小さな卵でいっぱいになるので、この名がある。産卵期の卵を抱えた雌は非常に美味で、昔から西日本を中心に珍重されてきた。産卵後は雌が卵を守るという。

  • 米粒詰草(こめつぶつめくさ)

    8月 24th, 2025

    ヨーロッパから西アジア原産のマメ科の多年草。日本では帰化植物として広く自生する。花が米粒のように小さいことからこの名がある。初夏から初秋にかけて黄色い小花を咲かせる。別名「黄花詰草」。シロツメクサ(クローバー)、アカツメクサ、米粒詰草などのマメ科シャジクソウ属の多くの植物を総称して「苜蓿(うまごやし)」(春季)と称することから、「苜蓿」として詠むこともできるだろう。

  • 南仏紀行(4)

    8月 23rd, 2025

    日本に数多くいるゴッホファンの一人として、かねてからゴッホが住んだアルルとはどんな町だろうかと、あれこれ想像を巡らせていた。ゴッホのアルル時代は1888年から89年にかけての一年余りに過ぎないが、この時期、『アルルの跳ね橋』『夜のカフェテラス』などの代表作が描かれ、画家としての色彩表現が確立した時期である。ゴッホがゴッホになった時期と言っていい。

    今回の旅行で、そのアルルの町を訪れることができた。まず、ゴッホが入院していた療養所レスパス・ヴァン・ゴッホの中庭が復元されているので訪れた。ここは、ゴッホが療養生活を送り、中庭は『アルルの療養所の庭』と題する絵のモデルになっていることで知られるが、現在は図書館、店舗などが入った総合文化センターになっている。中庭の木立は濃い影を地上に落とし、耳を聾するばかりの蟬時雨の中を散策しながら、ゴッホが亡くなってから経過した130余年の歳月を思った。ここでも夾竹桃が真っ赤な花を咲かせていた。

    ゴッホがアルル時代に住み、ゴーギャンと共同生活を送った家は、第二次世界大戦中の空爆等により損傷し、戦後まもなく解体されたため、現在では見ることができない。また、『夜のカフェテラス』のモデルになった近くのカフェも、現在は店を閉じてしまっている。だが、カフェの方はアルル中心部のフォーラム広場に面した一角に外形をとどめていて、往時の雰囲気を味わうことができた。

    アルルからホテルへ帰る途中、『アルルの跳ね橋』のモデルになった橋が再建されていたので立ち寄った。当時、アルル中心部から2~3キロメートル離れたローヌ川支流のこの橋まで、ゴッホはイーゼルを背負って歩いたのだ。辺りは街の賑わいも人家もなく、ただただ原野や農園が広がっていた。中国人らしい観光客の一行が、スマホで記念撮影していた。

    炎天の下、てくてくと通って跳ね橋を描き続けた当時のゴッホの姿を思い浮かべた。一つの画題を見つけるとそれに執着し絵を完成させるまで通い続けたゴッホの執念を改めて実感させるような、日の照りつける暑い日だった。

    数日後、私たちは、耳切り事件を起こしたゴッホが、自らアルルでの生活に終止符を打ち、移ってきたサン・ポール・ド・モーゾ-ル修道院を訪れた。当時は精神病院としての機能もあり、ゴッホはその一室に住んで、窓から見える風景を題材に多くの作品を制作したという。当修道院でのゴッホの生活はほぼ一年間だった。

    時には自分の部屋に隔離されることもあり、自由な外出もままならなかったゴッホが、窓から見える風景や中庭を画題にしながら、この時期、画家としての頂点を極めたことは、『星月夜』『糸杉』などの作品群を思い起こせば、紛れもない事実だろう。ゴッホが住んでいた部屋は、ベッドと椅子が置いてあるだけのごく狭い、簡素な部屋だった。窓からの景色は、ゴッホに、四季折々の変化やインスピレーションを提供したのだ。

    なお、当修道院での療養生活の後、ゴッホはパリ郊外のオーヴェル・シュル・オワーズに移ったが、その後2カ月ほどで37年の生涯を閉じた。自らの炎で自らを焼き尽くしたような生涯だったと思う。

  • ゼリー

    8月 23rd, 2025

    砂糖と寒天(かんてん)又はゼラチンを煮て溶かし、果汁などを加えて冷やし固めたもの。水羊羹、金玉糖、葛饅頭などとともに、夏菓子の一つ。見た目が透き通っていて、涼しげな印象を与える。

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