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俳句の庭

  • 旱星(ひでりぼし)

    8月 21st, 2025

    「旱」は太平洋高気圧に覆われて、連日雨が降らずに日が照りつけること。旱魃(かんばつ)とも言い、大地は渇ききり草木は萎える。「旱」の一字を他の語に加えて、「旱空」、「旱年」、「旱畑」、「旱草」、「旱雲」などとも言う。「旱星」もその言い方の一つ。大地とともに空もからからに乾燥し、夜空には星が爛々と輝く。 

  • 菩提子(ぼだいし)

    8月 21st, 2025

    「菩提樹(ぼだいじゅ)」はシナノキ科の落葉高木。寺院に多く栽培されている。6月頃淡黄色の花を咲かせた後、秋に直径7~8ミリの球状の実をつける。乾燥させた実は数珠玉などに利用される。「菩提の実」などともいう。釈迦がその下で悟りを開いたと伝えられるのはインド菩提樹(クワ科の常緑高木)で、これとは全く別種の樹木。

  • 新涼(しんりょう)

    8月 21st, 2025

    立秋を過ぎてから感じる涼しさのこと。夏の暑さの中で感じられる一時の涼しさではなく、涼しく過ごしやすい季節になったことを実感しての言葉。暑さに衰えた五体が喜び甦るような新鮮な情感があり、その中に一抹の淋しさも交じる。単に「涼し」といえば、夏の季語。

  • 甲斐駒ケ岳の肩にのらんと大西日 高室有子 

    8月 20th, 2025

    「西日」は西の空に傾いた太陽、又はその光のこと。四季を通してみられるが、とりわけ真夏の午後の日射しは強烈で、夕方になっても衰えず、家の内外を容赦なく照らす。

    掲句は甲斐駒ケ岳(かいこま)の肩の辺りを染めている西日を詠む。甲斐駒ケ岳は峻険な山容をもち、半ば独立峰のような姿で聳え立つ南アルプス北端の山。作者の郷土を代表する名山だ。いつもこの山を南西に仰いで暮らす日常の目が捉えた山の姿であろう。「のらんと」との擬人化表現が、この山に対する親しみを表している。『郭公』2025年8月号。

  • 校了のメール一行十三夜 亜灯りりな

    8月 19th, 2025

    「十三夜」は旧暦9月13日の夜、又はその夜の月のこと。旧暦8月15日の夜は望月を愛でるが、秋もいよいよ深まったこの夜は、満
    月の二夜前のやや欠けた月を愛でる。この秋最後の月であることから「名残の月」ともいう。

    掲句は「校了」した旨の短いメールを受け取った夜、折りからの十三夜の澄んだ月光に自らを解き放っているとの句意。「校了」は校正終了の意。校了により編集作業は終わり、印刷工程に移ってゆく。俳句雑誌などの編集部員としての日常の一コマだろうか。『俳壇』2025年9月号。

     

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