月見草と待宵草は、江戸時代後期から明治時代初期に日本へ渡ってきたが、待宵草の方が繁殖力が強く各地で野生化したため、現在山野で目につくのは待宵草の方で、本来の月見草を見る機会は少ない。一般的に、待宵草が月見草と呼ばれるようになっている。
掲句も、荒れ地などどこにでも見掛ける待宵草を句にしたもの。水の匂いとでも形容できそうな月見草の微かな香りを胸に吸い込みながら、水が豊かな星に生まれて今を生きている不思議を思った。令和元年作。
月見草と待宵草は、江戸時代後期から明治時代初期に日本へ渡ってきたが、待宵草の方が繁殖力が強く各地で野生化したため、現在山野で目につくのは待宵草の方で、本来の月見草を見る機会は少ない。一般的に、待宵草が月見草と呼ばれるようになっている。
掲句も、荒れ地などどこにでも見掛ける待宵草を句にしたもの。水の匂いとでも形容できそうな月見草の微かな香りを胸に吸い込みながら、水が豊かな星に生まれて今を生きている不思議を思った。令和元年作。
山法師は初夏の頃花を咲かせるが、白い花と見えるのは4枚の総苞片であり、その芯の球状に密生する緑黄色の部分が花である。だが、植物学的な説明はともかく、山法師の花といえば、満目の緑の中で咲く清潔感のある真っ白い花との印象が強い。
この句も、山法師の花のそうした印象を活かそうとした作品。子育て中には様々な苦労があった長男も、結婚して二児の父となった。よくここまで辿り着いたとの安堵の思いもあった。令和3年作。
野鶲は、本州中部以北の高原や北海道の草原で繁殖する雀ほどの大きさのツグミ科の夏鳥。5~7月頃、草の根元などに巣を作る。
掲句は、標高1400メートルほどの長野の高原での作品。牧草地の縁などで、猛々しく伸びた草を掴んでしきりに囀る野鶲の姿が見られた。近づくと遠くの草に移るが、それ程人を恐れるでもなく、いつまでも自分の縄張りの中で鳴いていた。東の秩父連山が青々と暮れかかっていた。平成10年作。『河岸段丘』所収。
青梅雨(あおつゆ)は、梅雨の傍題。雨に濡れて生き生きとした草木の緑が見えてくる色彩感豊かな言葉だ。雨が降り続き、周囲の草木は日に日に繁茂して嵩を増していく。
掲句は、埼玉県北部出身のある句友の幼少時の思い出話が元になってできた作品。蛇を生け捕りにして捨てに行くところには、田の神や弁財天の化身として神聖視されてきた蛇を畏れる心が表れているだろう。農家の人たちの間に根強く残っていた信仰の名残ともいえる。近頃は、蛇を見掛ける機会は大分減ってしまったが、梅雨どきの森の暗がりには、蛇の気配を感じることがある。平成18年作。『春霙』所収。
蠅叩、蠅捕紙、蠅捕リボン、蠅捕瓶などの蠅を捕まえる器具や道具類は、いずれも夏の季語。蠅が人間の生活圏で目につかなくなるにしたがい、以前身近にあったこれらの諸道具も姿を消した。だが、厩や牛舎では、これらの諸道具はまだまだ活躍している。
掲句は、牧場の酪舎を覗いたときの作品。昼なお暗い酪舎の中には、出産をひかえた牝牛の暑苦しい息が充満しているように思えた。大儀そうに腹這う牛の顔や尻尾に、無数の虻や蠅がたかっていた。暗がりに蠅取リボンが垂れていた。平成22年作。