「春隣(はるとなり)」は春がもうすぐそこまで来ていること。晩冬には寒さが緩む日が多く、春の訪れを感じることが多くなる。
掲句は、抽斗(ひきだし)の中の小さな抽斗を目にしたとき、春の気配を感じたとの句意。抽斗は家具などにとりつけられている、抜き差しできる箱のこと。抽斗の中の抽斗というのだから、日頃出し入れすることもない大事なものが入っているのだろう。抽斗の中のものも、着実に近づいてくる春を待っているのだ。『俳句界』2024年2月号。
「春隣(はるとなり)」は春がもうすぐそこまで来ていること。晩冬には寒さが緩む日が多く、春の訪れを感じることが多くなる。
掲句は、抽斗(ひきだし)の中の小さな抽斗を目にしたとき、春の気配を感じたとの句意。抽斗は家具などにとりつけられている、抜き差しできる箱のこと。抽斗の中の抽斗というのだから、日頃出し入れすることもない大事なものが入っているのだろう。抽斗の中のものも、着実に近づいてくる春を待っているのだ。『俳句界』2024年2月号。
「麗(うらら)か」「麗けし」は、春の日が美しく輝きわたって、すべてのものが明朗に感ぜられる状態のこと。
スッポンやマムシを蒸し焼きにした後、丸ごと粉末にすると滋養強壮の効能があるとされる。掲句は、粉末になった「すつぽん」や「まむし」を前にした気分を句にしたもの。生身のままの姿では薄気味悪いこれらの爬虫類も、元の影も形もとどめない粉末になって作者の目の前にある。折から何の翳りもない春の陽光が庭先に降り注いでいる。『俳句界』2024年2月号。
晩秋から冬にかけて、落葉樹はすべて葉を落とす。梢から離れた葉は、風に吹かれて舞い、あるいは音もなく地上に散り敷く。
掲句は、映画 や演劇、オペラなどの催しが果てた後の劇場前の情景を詠んだもの。催しが終わり、演劇などの余韻を胸に宿しながら、解き放たれたように帰宅を急ぐ観客たち。折からの街路樹の落葉が、彼らに降りかかる。「劇場が人解き放つ」と、劇場を主語にして表現したところが、晩秋初冬の夜の都会の雰囲気を彷彿させる。『俳句』2024年2月号。
「寒卵」は寒中に鶏が産んだ卵のこと。他の季節の卵より滋養が高く貯蔵が利くので、好まれる。
掲句は「寒卵」を月光の中で割るときの感覚に焦点を絞って表現した作品。といっても、実際に月光の中で卵を割ったというより、厨房で「寒卵」を割ったときの感覚、或いは屋外で月光の中に佇んでいての想念を形にしたものだろう。「寒卵」の秘めている命の鋭さや冷たさ、固さ、脆さが、「月光を傷つけて」の措辞により見事に表現されている。『俳句』2024年2月号。
「潤目(うるめ)」は潤目鰯のことで、ニシン科の硬骨魚。大きな眼に脂瞼があり、潤んだようにみえることからこの名がある。多くは干物にして食される。
掲句は潤目鰯を干している浜辺の光景を句にしたもの。自らの背中に差す柔らかな日差しを「じんわりあたたかく」と表現して、眼前の潤目に降り注ぐ日差しが見えて来るところがいい。どことなく春が近づく頃の空気の和みが感じられる作品だ。『俳句』2024年2月号。