水を張った一面の田で蛙が鳴き始めるのは晩春の頃だ。蛙たちの雌を求める声は、遠い蛙、近い蛙と声が重なり合い入り交じり、ひとつの声の塊となって作者の枕元に迫ってくる。いつ果てるとも知れないそれらの声の中で、いつか眠りにつく。自然と人間の営みが融合した心豊かな世界だ。
掲句はそのような情景を「蛙の国」と表現した。そこには、人間中心ではない、自然の運行に人の生活を順応させていくことを是とする自然観が窺える。『俳句』2023年4月号より。
水を張った一面の田で蛙が鳴き始めるのは晩春の頃だ。蛙たちの雌を求める声は、遠い蛙、近い蛙と声が重なり合い入り交じり、ひとつの声の塊となって作者の枕元に迫ってくる。いつ果てるとも知れないそれらの声の中で、いつか眠りにつく。自然と人間の営みが融合した心豊かな世界だ。
掲句はそのような情景を「蛙の国」と表現した。そこには、人間中心ではない、自然の運行に人の生活を順応させていくことを是とする自然観が窺える。『俳句』2023年4月号より。
春の繁殖期を迎えると、鳥たちは梢などで求愛の声を奏でる。四十雀などは、夜明けを待ちかねたように、二、三羽が、別々の梢で一斉に鳴き始める。彼らにとって、「囀(さえずり)」は、求愛であるとともに、縄張り宣言でもあるのだろう。冬の間は藪などにひそんで餌を漁っていた鳥たちが、人の目も怖れず、木の天辺に姿を現す。
掲句は、ゆったりとしたテンポの「囀り」に合わせて歩幅を緩めたという。作中で多くのことを語っている訳ではないが、自然とともにある日常や春が巡ってきた喜びを、無理のない言葉で、さり気なく、しかし、確かに語っている。『俳句』2023年4月号より。