「寒明(かんあけ)」は節分までの約30日間の「寒」が終わり、暦の上で春を迎えること。冬の厳しい寒さがしばらく残るとはいえ、春が始まることへの期待感、安堵感が感じられる言葉。過ぎ去った寒さへの感慨も込められている。
掲句は「寒明」に、高い樹の樹上に鳥の声を聞いたという。作者同様、鳥たちも春の到来を喜び、安堵の声を発しているのだ。「高き」のリフレインが効果を上げている。『俳壇』2026年2月号。
「寒明(かんあけ)」は節分までの約30日間の「寒」が終わり、暦の上で春を迎えること。冬の厳しい寒さがしばらく残るとはいえ、春が始まることへの期待感、安堵感が感じられる言葉。過ぎ去った寒さへの感慨も込められている。
掲句は「寒明」に、高い樹の樹上に鳥の声を聞いたという。作者同様、鳥たちも春の到来を喜び、安堵の声を発しているのだ。「高き」のリフレインが効果を上げている。『俳壇』2026年2月号。
「三鬼忌」は俳人西東三鬼(さいとうさんき)の忌日で、4月1日。岡山県に生まれ、新興俳句の旗手として活躍した。1962年のこの日61歳で逝去。
掲句は歯刷子(はぶらし)をパイプのように斜めに咥えるという日常の動作を「三鬼の忌」に結び付けた作品。三鬼のバタ臭くダンディな風貌には、葉巻を燻らしているところがよく似合う。作者は、朝、歯刷子を斜めに咥えたとき、ふと、かつて写真で見た三鬼の風貌を思い浮かべたのだろう。作品の契機は、日常の些事の中にあることを改めて認識させられる。『俳壇』2026年2月号。
「二月」は上旬に立春を迎え、厳しい寒さの続く中で、夕暮が遅くなり、日差しに少しずつ春が感じられるようになる頃である。梅が咲き始めるなど、一歩ずつ冬から春へと季節が移り変わる時季。
掲句には「遊行寺にて 三句」との前書きが付されている。一遍聖絵は、踊念仏で知られる一遍の生涯を描いた絵巻。旅に明け暮れた一遍の旅先は、南は九州から北は奥州江刺郡にまで及んだ。掲句は、瀬戸内や相模灘などの海を背景にした一枚の聖絵から、海の音が聞こえてきたという。本格的な春の到来が待たれる「二月」の光は、一遍上人の念仏一筋の生涯と上人に寄せる作者の敬慕の思いを明るく照らし出している。2022年作。『聖絵』所収。
「霧」は地面に近い空気が冷やされ、大気中の水蒸気が凝結して細かい水滴になったもの。大気中に水蒸気が補給され、大気が飽和状態になって発生する場合もある。単に「霧」といえば秋の季語。
掲句は出土した副葬の馬の「碧眼(へきがん)」が霧を濃くしたと詠む。副葬の馬といえば、秦始皇帝兵馬俑(へいばよう)のように、死者を埋葬する際に副葬された馬の形をした像が思われる。出土したときには彩色が失われているケースが多いと聞くが、掲句の馬は鮮やかな「碧眼」をしていたという。この「碧眼」には、日本とは全く風土を異にする地域の異文化の香りがあり、眼前の霧と対置することにより、茫漠とした大地の広がりと時の流れを感じさせる作品になっている。平成28年作。『百人』所収。
茶の木は、中国原産のツバキ科ツバキ属の常緑低木。日本には古くから導入され、丘陵地などで栽培されているほか、野生化しているものもある。花期は晩秋初冬。
掲句は、身辺に咲くささやかな茶の花と沖の黒潮を対置した作品。作者の住む宮崎は、太平洋の黒潮のため春夏秋冬を通して温暖な地域。沖を流れる黒潮は、いわば宮崎の風土そのものといっていい。茶の木も、黒潮の恵みを受けながら、健やかな花を咲かせている。「沖に弛みなし」との観照の確かさは、そこに定住している人ならではのもの。『故郷』所収。