「牧水忌」は歌人若山牧水の忌日で、9月17日。1928年(昭和3年)のこの日、沼津市の自宅で死去。旅と酒と自然を愛し、旅先で多くの歌を詠んだ。
掲句は、9月17日の牧水忌の頃、芒原の果てに海がてらてら光る光景を前にしての作品。生前の牧水も、各地を旅する中で、このような景に出会ったのではないだろうか、と。9月中旬と言えば、秋という好適な季節を迎えて明るく伸びやかな気分がただよう時節。牧水の浪漫的な歌風に相応しく、大らかで明るくどこかに寂しみのある風景だ。『俳壇』2025年11月号。
「牧水忌」は歌人若山牧水の忌日で、9月17日。1928年(昭和3年)のこの日、沼津市の自宅で死去。旅と酒と自然を愛し、旅先で多くの歌を詠んだ。
掲句は、9月17日の牧水忌の頃、芒原の果てに海がてらてら光る光景を前にしての作品。生前の牧水も、各地を旅する中で、このような景に出会ったのではないだろうか、と。9月中旬と言えば、秋という好適な季節を迎えて明るく伸びやかな気分がただよう時節。牧水の浪漫的な歌風に相応しく、大らかで明るくどこかに寂しみのある風景だ。『俳壇』2025年11月号。
「冬」は四季のひとつ。立冬(11月8日頃)から立春前日(2月3日頃)までの期間。陽暦ではおおむね12月・1月・2月を指す。『古今和歌集』の時代から、「冬」は枯れきった淋しさを本意として詠まれてきた。
掲句は父亡き後の和室の床柱(とこばしら)に目をとめての作品。床柱は、和室にある床の間の脇に立てられる化粧柱のこと。しんと静まったその柱に目をとめたとき、改めて父の不在が意識された。死は人を生者とは別の世に連れ去ってしまう。「冬の床柱」が活きている。『俳句界』2025年10月号。
「春暁(しゅんぎょう)」は春の夜明けのこと。「暁(あかつき)」は日の出前の未明をいい、夜の明ける気配はあるものの、辺りはまだ薄暗い時間帯。
掲句は「甲斐(かい)」という山梨の旧国名を用いて、作者の定住する故郷を詠んだ作品。江戸時代後期の『甲斐国志』で、「本州九筋ヨリ他州ヘ達する道路九条アリ皆路首ヲ酒折ニ起ス」と記述され、甲府市の酒折宮を起点に、外部へ甲斐路、青梅街道、秩父往還道など9つの古道が延びているという。「九筋(くすじ)の古道」のいずれもが甲斐の国から出てゆくという捉え方の根底には、八方が山に囲まれた甲府盆地に定住する人の感性がある。「春暁」という無色透明な季語が、作者の大柄な把握を生かしている。『俳句界』2025年9月号。
「秋半ば」は秋を初秋、仲秋、晩秋の三つに分けたうち、仲秋の頃のこと。陰暦では8月、陽暦ではおおむね9月と重なる。しきりに虫が鳴き、澄んだ月の光が辺りを照らし出す。
掲句は、秋も半ばになったのに、机の上の紙は白紙のままだとの句意。作者のものを書く日常そのままの作品だろう。実際には原稿依頼の締切りが気になって浮かんだ句かもしれないが、作中にはあらわな主観の表出はない。その平淡な描写に「秋半ば」の季語が的確に据わる。机の上の白紙が見えてくる。『俳句』2025年10月号。
「鰯雲(いわしぐも)」は鰯の群れのように空に広がる雲のことで、魚の鱗にも似ていることから、「鱗雲(うろこぐも)」ともいう。台風や移動性低気圧が近づく秋によく見られ、代表的な秋の雲。
掲句は黒麺麭(くろぱん)に一片のチーズをのせた簡素な食事をしていると、窓に「鱗雲」がゆったりと流れているとの句意。「秋渇き(あきがわき)」という季語があるように、秋は過ごしやすい気候の中で、暑さのために減退した食欲が回復してくる季節。豪華なディナーなどとはほど遠い質素な食事だが、大地の恵みを感じさせる香ばしい黒麺麭とチーズは昔から黄金の組み合わせだ。食欲の秋を迎えた喜びが、簡素な食事だからこそ率直に伝わってくる。『俳句』2025年10月号。