「威銃(おどしづつ)」は猪、鹿などの獣や雀を追い払うためにたてる大きな音をいう。実際に銃を撃つわけではなく、カーバイドやプロパンガスを爆発させたりして銃に似た音を立てる。田畑が広がる農山村に一定間隔で爆発音が響き渡る。
掲句は、村に響き渡る「威銃」を詠んだ作品。「威銃」の谺は四囲の山々にぶつかって折り返してくるという。その「たあん」という擬音語が、実りの秋を迎えた村の満ち足りた静けさを感じさせて効果的だ。秋晴れの空は底抜けの青さ。村内に人影は見えない。『俳句四季』2025年11月。
「威銃(おどしづつ)」は猪、鹿などの獣や雀を追い払うためにたてる大きな音をいう。実際に銃を撃つわけではなく、カーバイドやプロパンガスを爆発させたりして銃に似た音を立てる。田畑が広がる農山村に一定間隔で爆発音が響き渡る。
掲句は、村に響き渡る「威銃」を詠んだ作品。「威銃」の谺は四囲の山々にぶつかって折り返してくるという。その「たあん」という擬音語が、実りの秋を迎えた村の満ち足りた静けさを感じさせて効果的だ。秋晴れの空は底抜けの青さ。村内に人影は見えない。『俳句四季』2025年11月。
「去年今年」は大晦日から元日にかけて去年と今年が入れ替わること。年がすでに改まった新年の季語である。一夜にして年が改まる時の流れの迅速さに対する感慨がこめられている言葉。
掲句は年が改まった元日の未明に頭上の星々を仰いでの作品。星々は一見静止しているように見えながら、刻々と西の方へ「座移り」していく。「座移り」の「座」は星座の「座」であるが、より一般的に、それぞれの星が夜空に占める位置という程の意味だろう。「座移り」という措辞の簡潔なひびきは、新たな年に向けた作者の引き締まった前向きな思いを感じさせる。『俳句四季』2025年11月号。
「夏」は立夏から立秋の前日までの約3ヶ月間。気象学では夏至から秋分まで。春夏秋冬の四季の中で最も暑く日差しが強い。
掲句は、戦災地パレスチナのガザの夏を詠んだ作品。ガザ地区は周知のように、中東のパレスチナにある地中海に面した細長いエリア。2023年10月に始まったハマスとイスラエルの軍事衝突により、一般市民を含む多くの人々が亡くなっている。そのガザ地区の夏を、「干葡萄のごとき乳房」によって端的に描出した。赤子に乳を含ませようとしても、その乳房は干葡萄のように萎んでしまっているというのだ。俳句は戦争・戦禍に対して無力だが、それを承知のうえで、詠まずにはいられない思いがこの句にはある。『俳句四季』2025年11月号。
季語としての「小鳥」は、秋、海を越えて日本に渡って来る尉鶲・連雀・花鶏・鶸・鶫などの小鳥、又は山地から平地に下りてくる留鳥の小雀・日雀・山雀・四十雀などの小鳥のこと。秋も深まる頃、見かけることが多い。
掲句は「ヴィオロン工房」の大きな窓の近くに小鳥が来たことを詠む。明かりを取るためか、風を入れるためか、窓を大きく開け放って、職人たちがヴィオロン(ヴァイオリン)、ビオラ、チェロなどの弦楽器の製作や修理に勤しんでいるのだ。過ごしやすい季節を迎えた喜びとともに、鳥たちの営みに対する親しみが感じられる。「ヴィオロン工房」という新鮮な素材が活かされている。『俳壇』2025年11月号。
「釣船草(つりふねそう)」は、初秋の頃、全国の山麓の渓流のほとりなどに、紅紫色の花を咲かせる。帆掛け船を吊り下げたような花の形から、この名がある。花が黄色のキツリフネは近縁種。
掲句は「黄つりふね」が咲いている辺(あたり)を水が流れていく様を詠む。「滝口」は滝の落ち口のこと。近くに滝があり、轟轟ととどろいているのだが、水は何事もないかのように静かに「滝口」に近づいてゆく。滝となって落ちる前の束の間の静寂が辺りを支配している。淡々と表現しているが味わいのある一句。『俳壇』2025年11月号。