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俳句の庭

  • 切株に小鳥の御慶きりもなし 高野ムツオ

    12月 27th, 2025

    「御慶(ぎょけい)」は家族、親戚、友人、知人、近隣の人たちの間で年始に交わされる挨拶のこと。普段は親しんだ間柄でも、改まって去年の礼を述べ、新年のよき付き合いをお願いする。

    掲句は、年始に人間の間で交わされる「御慶」が小鳥たちの間でも交わされていて、その声が切株に降り注いでいると詠む。メジロはメジロ同士、ヒヨドリはヒヨドリ同士で、よき年を迎えたことを喜び合っていると考えるのは、確かに楽しい。地平線を離れた太陽の光が、樹上の鳥たちにも、樹下の人々にも満遍なく生の喜びを与えていることだろう。『俳句』2026年1月号。

  • 藤枯る

    12月 26th, 2025

    冬、葉が落ちて枯れた藤の木。夏に生い茂っていた葉が全て落ち、棚や樹木に絡みついたまま枯れている姿は、蕭条とした物悲しさを感じさせつつも、来たる春への生命力を秘めた姿である。

  • 冬の霧

    12月 26th, 2025

    冬の冷たい空気の中に立ち込める霧。早朝に外気が極端に冷え込み、河川などの水が比較的暖かいときに発生しやすいとされている。単に「霧」といえば秋の季語。

  • 母のやうなる初晴を賜はりし 今瀬剛一

    12月 26th, 2025

    「初晴(はつばれ)」は元日の晴天のこと。年が改まって早々の澄んだ空と輝く日差し。五穀豊穣をもたらす吉兆として喜ばれる。

    掲句は、元日の朝の清々しい「初晴」の空を仰ぎながら、晴女だった亡き母を思い起こしているとの句意。「母のやうなる初晴」との措辞から、母の人となりが見えてくる。よき年を迎えた晴れ晴れとした思いとともに、新たな年が歩み始める。胸中の母もともに歩んでいるのだろう。『俳句』2026年1月号。

  • 山枯る

    12月 25th, 2025

    冬になり山を覆う草木が枯れ尽くすこと。「枯山」ともいう。雪を被る高嶺よりも、雑木や広葉樹林の覆う低い山を思いたい。晩秋初冬の頃何度となく吹き荒れた季節風で木々が葉を落とし尽くした山中は、蕭条とした中にからりとした明るさがある。「冬の山」の傍題。

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