冷(すさ)まじは、冬近い頃の冷然、凄然とした気配。多分に心理的な意味合いがある。
掲句の「起きてすぐ筆とる」とは、ものを書くことを生業としている人の、或いは、句作・選句などを含めてものを書くことを生活の芯にしている人の生活ぶりが想像される。作者はそのような自らの暮らしを、冷まじと感受した。ものを書くという営みに明け暮れる自らの暮らしに対するやや突き放した眼差しが感じられる。『俳句』2023年12月号。
冷(すさ)まじは、冬近い頃の冷然、凄然とした気配。多分に心理的な意味合いがある。
掲句の「起きてすぐ筆とる」とは、ものを書くことを生業としている人の、或いは、句作・選句などを含めてものを書くことを生活の芯にしている人の生活ぶりが想像される。作者はそのような自らの暮らしを、冷まじと感受した。ものを書くという営みに明け暮れる自らの暮らしに対するやや突き放した眼差しが感じられる。『俳句』2023年12月号。
四季を通しての月ではあるが、俳句で単に月といえば秋の季語。冬の月は、冬の冴え冴えと冷え切った大気の中で見上げる月であり、荒涼とした寂寥感と一種凄絶な美しさがある。

陰暦3月3日頃は、潮の干満の差が大きくなる。干潮時、遠浅の海岸では遠くまで潮が引き、広々と海底が現れる。蛤や浅蜊、馬刀貝などの潮干狩りに大勢の人々が訪れる。

萩は花の後、細かい実をつけるが、間もなく葉を散らし始める。葉のほとんど落ち尽くした枯萩が風に吹かれるのは、冬の到来を感じさせる眺めだ。

秋風や石吹き颪す浅間山 芭蕉 元禄元年8月、芭蕉は越人を伴い、『更科紀行』の旅にあった。木曾路を辿り、更科の月を賞した芭蕉は、その後善光寺に詣で、浅間山の南麓を通って江戸に帰った。掲句は真蹟草稿に残されている初案。「秋風」がやや常套的で、荒涼とした浅間南麓を吹く野分の激しさは十分には伝わってこない。
吹き颪す浅間は石の野分哉 芭蕉 吹き落す浅間は石の野分哉 〃 吹き落す石を浅間の野分哉 〃 いずれも真蹟草稿に残されている句形。芭蕉は初案に飽き足らず、何度も推敲を重ねたことが分かる。
吹き飛ばす石は浅間の野分哉 芭蕉 『更科紀行』に掲載されている最終形。荒肌を露出して荒涼とした浅間山麓の風土を眼前にした経験が、この推敲に生かされている。「石は」と石に焦点を当てて、野分の激しさを描き出した。