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俳句の庭

  • 日陰より日向へ激ち秋の川

    10月 25th, 2024

    「秋の川」は秋になって冷ややかに清く澄んだ川。日の当たる川底に、魚影や落葉の影がくっきりとどく。川岸には丈高い草の穂が風に靡く

    掲句は、青梅線のとある駅で下車して、上流の多摩川べりを歩いたときの作品。両岸には青梅の山々が迫り、川はその山陰を飛沫を上げながら流れた。当日、素材になりそうなものは数多くあったが、「日陰」「日向」と対象を単純化したことによって、山間(やまあい)を流れる川の冷え冷えと澄んだ感じが表現できていれば幸いだ。平成5年作。『河岸段丘』所収。

  • 秋寂び

    10月 25th, 2024

    秋の深まる頃のものさびしい風情。草木は枯れ始め、樹々は落葉を急ぐ。風も一雨ごとに冷たくなる。去り行く秋を惜しむ思いもある。

  • 漸寒(ややさむ)

    10月 25th, 2024

    秋の半ばを過ぎた頃から晩秋にかけて、うっすらと感じる寒さ。「漸(やや)」は、〈いくらか〉、〈少し〉の意。本格的な冬の寒さとは異なる、秋の寒さである。類似の季語に、「そぞろ寒」、「肌寒」、「朝寒」、「夜寒」、「秋寒」、「露寒」、「うそ寒」などがある。

  • つくづくと猿の末裔日向ぼこ 高木宇大

    10月 24th, 2024

    「日向ぼこ」「日向ぼこり」は日だまりでじっと動かずに暖まること。風のない晴れた日の冬の愉しみ。

    掲句は日向ぼっこをしながら、自らの五体のうちを流れる血を思い、自らの来し方に思いを馳せているのだろう。来し方への思いは、作者の生まれる前の祖先へ、さらには人間に進化する前の猿へと遡っていく。ホモサピエンスだと威張っていても、所詮は猿の末裔ではないか。食っては排泄し、縄張りを主張し、群れては争う日常は、猿とさして異なるところはないではないかと。辛辣な目を自らに向けた一句。『俳句四季』2024年11月号。

  • 蜂屋柿(はちやがき)

    10月 24th, 2024

    岐阜県美濃加茂市蜂屋町原産の大玉の渋柿で、現在では福島や長野、栃木など各地で栽培されている。甘柿と渋柿に分けられる柿の中で、渋柿の代表的な品種。長楕円形で頂部がとがる。そのままでは食べられず、渋抜きを行うか干し柿にする。収穫は10月下旬頃から初冬にかけて。歳時記には「柿」(秋季)の傍題として掲載されている。

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