霜が降りたあとの晴天。「霜晴」ともいう。夜間の放射冷却で真っ白に地面を覆っていた霜は、日がのぼるに連れて融けてゆく。ぬかるみになることもある。なお、霜は晴れた寒夜、空気中の水蒸気がそのまま冷え、屋外の物や地面にふれて、その表面についた氷のこと。

寿貞尼は目細きひとか草の花 龍太
「雲母」平成4年1月号。句集『遅速』以後の作。
「草の花」は秋に咲く草々の花のこと。他の季節の花よりもしみじみとした地味な印象がある。
掲句は寿貞尼(じゅていに)の人となりを思い浮かべての作品。寿貞尼は芭蕉が愛した唯一の女性といわれる。 芭蕉と同じ伊賀の出身で、江戸に出た芭蕉を追って彼女も江戸に出てきた。元禄7年7月、故郷伊賀に滞在中の芭蕉は江戸で寿貞尼が死去したことを知る。その時の作〈数ならぬ身となおもひそ玉祭〉には芭蕉の真情があふれている。写真も肖像画も残っていないのだから、作者の想像による外はないのだが、「目細きひとか」の措辞には寿貞尼その人を彷彿させるリアリティがある。芭蕉その人を詠んだものではないが、円熟期の龍太の芭蕉への傾倒を示す作品だ。
陰暦正月七日をいう。中国前漢に由来する呼称。五節句の一つで七種粥をいただく。なお、五節句は1月7日の人日(七草の節句)、3月3日の上巳(じょうし、桃の節句)、5月5日の端午(菖蒲の節句)、7月7日の七夕(七夕祭り)、9月9日の重陽(ちょうよう、菊の節句)のこと。

一年の邪気を祓い万病を防ぐため、正月七日に七種(ななくさ)の若菜を入れた粥を食べる風習。七種が揃わないときは薺(なずな)だけを入れた「薺粥」とする。古代中国では、人日の節句(1月7日)に七種類の穀物を羹にして食べ無病を祈る習慣があり、日本でも最初は七種粥といえば七種の穀物だったが、その後、穀物は春先の七種類の草に変わった。なお、春の七草は芹、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、繁縷(はこべら)、仏の座、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ)のこと。

なまよみの甲斐の山辺に水草生ふ 龍太
「雲母」平成3年4月号(句集未収録)。
「水草生ふ(みくさおう)」は、春になって池や沼などに色々な水草が生えてくること。日差しで暖められて水温が上がってくると藻や浮き草、水底に根のある蓮などが成長を始める。春の訪れを感じさせる光景。
掲句は龍太が愛して止まなかった故郷甲斐の春の訪れを詠んだ作品。この旧国名を用いた句は、 水澄みて四方に関ある甲斐の国 龍太 など中期以降の作品にしばしばみられる。掲句の「なまよみの」は、「甲斐」にかかる枕詞で万葉集以来用いられてきた古語。語義は未詳だが、一説によれば「半黄泉」の意で、甲斐の山隠る地勢を死者への国と認識しての言葉だという。「なまよみの甲斐の山辺に」と一息に読み下すと、分厚い歴史を負う「甲斐」の風土とその山辺に住む作者の身辺が浮かび上がる。「水澄みて」の句のような甲斐一国を俯瞰する眼差しではないが、身辺への春の訪れを詠んで捨てがたい作品だ。
「なまよみの」のような余り使われない古語を今日に蘇らせるのも、俳人としての力量の一つだろう。