「芹」はセリ科の一、二年草で春の季語であるが、水辺に自生したり栽培したりして冬季に採れるものを「寒芹」という。葉から茎、根にいたるまで鍋物に利用されるほか、「根白草」として新年の七草粥にも入れられる。

「芹」はセリ科の一、二年草で春の季語であるが、水辺に自生したり栽培したりして冬季に採れるものを「寒芹」という。葉から茎、根にいたるまで鍋物に利用されるほか、「根白草」として新年の七草粥にも入れられる。

年の日数がいくらもなくなった年内のこと。一年が残り少なくなった感慨がこもるが、「年の暮」ほど差し迫った感じはない。近年では、クリスマスを過ぎると街中は「年の内」の雰囲気になる。新年を迎える準備で何かと忙しない頃である。

放鶏の白に驚く木瓜の花 龍太
「雲母」昭和61年6月号。句集未収録。
「木瓜(ぼけ)」は中国原産バラ科の落葉低木で、晩春の頃葉に先立って五弁の紅又は白の花を咲かせる。素朴で鄙びた印象のある花だ。
掲句は真っ白な鶏を屋外に放ったとき、木瓜の花が驚いたとの句意。白い「放鶏(ほうけい)」と緋色の「木瓜」の花が陽春の光の中で相照らし合う。白と緋色の色彩の対比の鮮やかさに加え、「驚く」という擬人法が、もろもろの命が生動する本格的な春の到来を生き生きと感じさせて効果的だ。
この句の難点を言えば「放鶏の白」という措辞の生硬さだ。字面から意味は分かるものの、ホウケイと音読されたときは何のことか意味が取り難い。作者にとって、俳句は愛唱されてこそ意味を持つ詩型であり、この句が句集から漏れた理由もその点にあったと思われる。
初詣の際寺社で分かたれる厄除けの弓や矢。宮中で正月に行われていた弓の儀式「射礼」に由来するという。元々、縄で作った輪を射る子供の遊びがあり、輪を「はま」、弓を「はま弓」、矢を「はま矢」と言った。後に、「はま」が「破魔」に通じるとして、前年に生まれた男児の健やかな成長を祈ってその弓矢を初正月に贈答するようになった。今は正月の厄除けの縁起物として神社で買い求め、お守りとして家内に飾る。

座敷などに立て仕切り、隔てや目隠しにする移動可能な障屏具。折り畳みのできる「屏風」とともに、昔は家屋の隙間風を防いだり仕切りとして使用されていたが、現代では、美術品として鑑賞されたり祝い事など様々な場の装飾品となった。歳時記には「屏風」の傍題として出ている。
