落葉しつくした木々に覆われ、冬日の中にうっとりとうずくまったような山の姿を擬人化していう。峻険な高山や雪嶺よりも、人里近くの雑木山など、親しみやすい低山に相応しい言葉。中国北宋の画家 郭煕(かくき)の画論『臥遊禄』に「冬山慘淡而如睡(冬山惨憺として眠るが如し)」とあるのが出典。同様に、春は「山笑ふ」、夏は「山滴る」、秋は「山粧ふ」という。

落葉しつくした木々に覆われ、冬日の中にうっとりとうずくまったような山の姿を擬人化していう。峻険な高山や雪嶺よりも、人里近くの雑木山など、親しみやすい低山に相応しい言葉。中国北宋の画家 郭煕(かくき)の画論『臥遊禄』に「冬山慘淡而如睡(冬山惨憺として眠るが如し)」とあるのが出典。同様に、春は「山笑ふ」、夏は「山滴る」、秋は「山粧ふ」という。

「龍太忌」は2月25日。飯田龍太は平成19年のこの日逝去した。平成4年に「雲母」を終刊してから十数年経っていた。山住みの人にとって、本格的な春の到来が待たれる時季に当たる。
龍太忌といえばまだ春の寒さが残る頃で、早朝の川や池には薄氷(うすらい)が張り、昼の陽光に照らされてゆっくりと解けてゆく。その日は、池の薄氷越しにうすうすと魚の影が見えた。冬の間静まっていた水中のコイやフナなどの魚たちも、活動を始めようとする頃だ。釣り好きだった龍太の面影がその魚影と重なった。平成21年作。『春霙』所収。
余寒は寒が明けてからもなお残る寒さのこと。目に見るもの、耳に聞くものに春の兆しはあるものの、依然として骨身に応えるような寒さが続く。
掲句には「ウクライナ侵攻一年」と前書きを付した。戦争の悲惨さについては連日マスコミ報道されているものの、何もできずに自らの生活にかまけて日々が過ぎていく。戦争勃発から一年が経ち、寒々とした夜空の星々に目をさまよわす。無力な自らを省みる思いもあった。令和5年作。
春先、麦の若葉が出揃い穂が出るまでの麦をいう。小麦、大麦、ライ麦、燕麦などの麦類はイネ科の一、二年草で中央、西アジアが原産。秋に種を蒔き、発芽し、厳しい寒さに耐えて冬を越す。春には暖かさの中で勢いよく若葉を生長させ、夏に稔る。
