コンテンツへスキップ
    • HOME
      • POST
      • PROFILE

俳句の庭

  • 龍太の句を拾う(21)

    1月 9th, 2025

    冬の海鉄塊狂ひなく沈む 龍太

    「俳句研究」平成4年1月号。句集『遅速』以降の作品。

    「冬の海」は、寒風が吹き荒び、荒波が押し寄せて荒涼としている。太平洋側では、比較的凪いで陽光の眩しい日もあるが、沖合はうねりが大きく荒々しいことが多い。

    掲句は暗くうねる「冬の海」に「鉄塊」が狂いなく沈んでゆくところを詠んだ。「鉄塊」は文字どおり鉄のかたまりだが、この句では、それが何であるかを問う必要はないだろう。不用になった金床や機械のようなものであっても、屑鉄のかたまりなどであっても構わない。それは兎も角、重量感のある「鉄塊」がクレーンに吊るされて、暗くうねる冬の海にゆっくりと真っ直ぐに沈んでいく。それはわずかな狂いもなく正確に所定の場所に沈められていくのだ。そして、沈められた鉄塊は、もう海面上に現れることはない。その非情さが「冬の海」の暗澹としたイメージを際立たせる。龍太の句としては異色の一句だ。

  • 数へ日

    1月 9th, 2025

    今年もあと何日と指を折って数えたくなるような、年末の数日のこと。過ぎつつある一年を省みる思いに、新年を迎える気忙しさや期待感が入り混じる。「師走」「年の暮」「年の内」「行く年」「年惜しむ」などの年末の季語の中で、比較的新しい季語。

  • 霜日和

    1月 9th, 2025

    霜が降りたあとの晴天。「霜晴」ともいう。夜間の放射冷却で真っ白に地面を覆っていた霜は、日がのぼるに連れて融けてゆく。ぬかるみになることもある。なお、霜は晴れた寒夜、空気中の水蒸気がそのまま冷え、屋外の物や地面にふれて、その表面についた氷のこと。

  • 龍太の句を拾う(20)

    1月 8th, 2025

    寿貞尼は目細きひとか草の花 龍太

    「雲母」平成4年1月号。句集『遅速』以後の作。

    「草の花」は秋に咲く草々の花のこと。他の季節の花よりもしみじみとした地味な印象がある。

    掲句は寿貞尼(じゅていに)の人となりを思い浮かべての作品。寿貞尼は芭蕉が愛した唯一の女性といわれる。 芭蕉と同じ伊賀の出身で、江戸に出た芭蕉を追って彼女も江戸に出てきた。元禄7年7月、故郷伊賀に滞在中の芭蕉は江戸で寿貞尼が死去したことを知る。その時の作〈数ならぬ身となおもひそ玉祭〉には芭蕉の真情があふれている。写真も肖像画も残っていないのだから、作者の想像による外はないのだが、「目細きひとか」の措辞には寿貞尼その人を彷彿させるリアリティがある。芭蕉その人を詠んだものではないが、円熟期の龍太の芭蕉への傾倒を示す作品だ。

  • 人日(じんじつ)

    1月 8th, 2025

    陰暦正月七日をいう。中国前漢に由来する呼称。五節句の一つで七種粥をいただく。なお、五節句は1月7日の人日(七草の節句)、3月3日の上巳(じょうし、桃の節句)、5月5日の端午(菖蒲の節句)、7月7日の七夕(七夕祭り)、9月9日の重陽(ちょうよう、菊の節句)のこと。

←前ページ
1 … 237 238 239 240 241 … 612
次ページ→

WordPress.com Blog.

 

コメントを読み込み中…
 

    • 登録 開始日
      • 俳句の庭
      • WordPress.com のアカウントをすでにお持ちですか ? 今すぐログイン
      • 俳句の庭
      • 登録 開始日
      • 登録
      • ログイン
      • このコンテンツを報告
      • サイトを Reader で表示
      • 購読管理
      • このバーを折りたたむ