「大試験」は、学校の卒業や進級に際しての試験のことで春の季語。学期末ごとに行われる小試験に対して、かつてはこのように言われたが、今では日常用語としては余り用いられない。「学年試験」「進級試験」「卒業試験」などともいう。
掲句は「大試験」の緊張感を、試験会場の数百人の学生が一斉に問題用紙を捲る音により具象化した作品。「音のさざなみ」との措辞が卓抜だ。こういわれると、かつて誰もが若き日に経験した試験会場での緊張や期待や不安がよみがえるのではないだろうか。『俳句四季』2025年4月号。
「大試験」は、学校の卒業や進級に際しての試験のことで春の季語。学期末ごとに行われる小試験に対して、かつてはこのように言われたが、今では日常用語としては余り用いられない。「学年試験」「進級試験」「卒業試験」などともいう。
掲句は「大試験」の緊張感を、試験会場の数百人の学生が一斉に問題用紙を捲る音により具象化した作品。「音のさざなみ」との措辞が卓抜だ。こういわれると、かつて誰もが若き日に経験した試験会場での緊張や期待や不安がよみがえるのではないだろうか。『俳句四季』2025年4月号。
堰ひらく渦なり鮒も乗込めり 秋櫻子 田にけぶる乗込鮒の朝の雨 〃 乗込むや日の出を待たぬ鮒釣師 〃
鮒は、春になって水温が上がってくると、産卵のため小川や水田に群れをなして勢いよく乗り込んでくる。その勢いのいい鮒を「乗込鮒(のっこみぶな)」といい、春の季語になっている。鮒に限らず、魚が冬眠を終え、深瀬から浅瀬へと移動することを「乗込み(のっこみ)」といい、「乗込み」だけで季語としている歳時記もある。
私の近辺の川でも、春になると飛沫を上げて浅瀬を遡る野鯉の姿をしばしば目にする。これも一種の「乗込み」といえるだろう。夜の雨が上がって晴れわたった朝方などに見かける場合が多い。野鯉のもつ野生の逞しさを感じる光景だ。また、目を海原に転じると、産卵のために深場から浅場へ集まってくる真鯛を「乗込鯛」といい、「桜鯛」の傍題になっている。「乗込み」の習性をもつ魚は他にもあるだろう。
「乗込鮒」「乗込み」が季語として歳時記に載るようになったのは戦後であり、比較的新しい季語だ。前掲の秋櫻子の句が収められているのは1964年に発行された『晩華』などであり、秋櫻子の句を先蹤として、ぼつぼつ例句が作られてきている。ただし残念なことに、歳時記に掲載されている例句の中に、人口に膾炙されるような名句、秀作はない。
いずれにしても、「乗込み」は春を迎えた魚たちの野性や生命力を感じさせる味わいのある言葉であり、今後名句が生まれることを期待したい。
「芥菜(からしな)」(春季)から品種改良して育成された野菜。ギザギザとした葉は軟らかく、葉面はちりめん状に縮み、山葵(わさび)に似た辛みがあるが、山葵とは別物。「芥菜」は中央アジア原産のアブラナ科の越年草で、蔬菜用として古くから作られてきた。なお、新しい品種なので歳時記には掲載されていない。

蠅が蛹から羽化すること。蝿は2週間で卵から成虫になる。羽化に限らず、より一般的に春になって成虫となった蠅が姿を現すことをいう場合もある。成虫のまま越冬して春を迎えた「春の蠅」とは区別する。

葡萄はブドウ科ブドウ属の蔓性植物。5、6月頃新しい蔓の葉と対生して円錐花序を出し、淡黄色の小さな花を多数つける。花芽が次第にふくらんでくるのは、晩春初夏の頃。
掲句は「白露」主宰だった山梨一宮町(現笛吹市)の廣瀬直人先生宅を訪れ、庭先の葡萄畑を散策したときの記憶を手繰り寄せての作品。晩春から初夏にかけての生気あふれる雲と細かい粒状の葡萄の花芽は、命あるものがお互いに呼び合っているような気配があった。芽かきや摘芯などの作業を選句の合い間にしているという話も、その時に伺った記憶がある。先生が亡くなった今となっては懐かしい思い出である。平成29年作。